詰めの一手・問題編
とりあえずドアをノックする。「はい」という返事がすぐに返って来た。部屋から出てきたのは、忠義より頭一つ分小さな少年だ。
少年は、こちらの顔を確認すると中へ誘う動きを見せ、慣れたように来客に対応する。
「部長がお待ちしています」
忠義は一年生らしくない対応に少し戸惑う。協力者は「打たず」でなく部長だったかな?
「部長?」
疑問をそのまま声に出し、囲碁部の部長は誰だか考える。
「渋川です」
先を越された。そう、渋川春海だ。
去年囲碁部初の全戦全勝で一年生部長が誕生したと、インタビューをしたのは忠義だった。
「どうぞ、中へ」
今の今まですっかり忘れていた事を隠す為、思い出せる限りの渋川の情報を思い出す。全戦全勝を、不戦勝だけで勝ち続けた事を。
その為新聞部でのセンセーショナルな見出しとして、『打たずの本因坊』と煽ったのだ。それが、やけに読者にウケて本人から直接苦情が来た事まで思い出す。それ以降は、単に『打たず』と呼ばれている。
室内には、他の部員がいなかった。そのせいか、少し広く感じる。
囲碁部の部室は、報道部と違って至ってシンプルで小奇麗にまとめられていた。長机が三つほど手前に置いてあり、奥には掃除用具入れと同じデザインの灰色のロッカーが置いてある。更に、部員の手荷物置き場がその横にあり、残りのスペースにテレビと、ビデオデッキが置いてある。
忠義は新聞部の部室の荒れ様と対比し、卒業するまでにあの汚い部室を掃除しよう、と心に固く決意した。
奥の席を案内され、座る。碁盤を横に片付け、向かいからお茶と共に挨拶が来る。
「久しぶりですね先輩。それと、進路の決定おめでとうございます」
渋川はイメチェンしたらしく記憶にある姿《いんしょう》とは違っていた。第二ボタンまで外して学園生活に悪い意味でも慣れたのだろう。
つい今しがたまですっかり忘れていた相手がこちらの事を知っていて驚く。そして、残念な事に上手い返しが見つからない。
「その髪型似合ってるね」
一瞬何を言っているのか分からないという表情を浮かべた後、ようやく認識したらしく、
「そうですか?」
と、素っ気無い反応を返しているがまんざらでもない笑顔を浮かべている。
忠義は新しい発見をした気分になったが、今回は『打たず』へのインタビューではない事を思い出し、本題を切り出す。
「部長から君を当たれって言われたんだけど、心当たりはある?」
意外そうな顔をした渋川は、
「そう遠まわしな言い方しなくてもいいですよ?」
と、逆にこちらを気づかう姿勢を見せた。そして一言。
「代行の手伝いを少ししてるだけですから」
なるほど。情報源としてはこれ以上のものはない。