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メンヘラ勇者と熱血魔王

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 初めましてと言えばいいのかわからんが、ともかく初めまして。俺はおそらく、勇者、だと思われる者だ。
 いや、言っておくが俺は別に勇者になりたくてなったわけじゃない。ただ、やれって言われたからやってるだけで、別に勇者だからって魔王を倒しになど行くつもりはないし、正直、何もしたくない。むしろ、俺が死にたい。
 そう、俺はこんなところになど一秒たりともいたくはないし、逃げたい。むしろ死にたい。
 むしろさっさと魔王が俺を倒してくれりゃいいのに、と何度思ったかしれない。とにかく死にたい。消えたい。いや、消してくれ。頼むから殺せ。
 旅に出ろと言われて仕方なく旅に出てから、何もせずただひたすらそればかり願っていた。だというのに、だ。
「勇者よ! いつまでも来ないものだから、オレ様自ら迎えにきてやったぞ!!」
 ソレは俺の前に仁王立ちしていた。真っ黒な甲冑を身につけ、背中には悪魔の翼。頭には雄々しい角。どこから見ても魔王だ。
 なのに。
「さあ、オレ様を倒すがいい!!」
 俺はただ茫然とした。
 この期に及んでのたまうのはその台詞なのか?
 なんで自分から倒されることを望むんだ、魔王が。しかも、なんでそれをやらされるのが俺なんだ? 他のヤツだっていいじゃないか。そもそも、なんで俺が勇者なんだ。そしてなんで魔王がこんな奴なんだ!
「さあ、ひと思いにやるがいい!!」
 魔王が俺に一振りの剣を突き付ける。
 だが、そんなものを手に取れるわけもない。なぜってそもそも、俺は剣術なんかこれっぽっちもやったことはないし、それに剣を取るってことは人を殺すってことじゃないか。そんなのやれるわけがない。むしろそんなしちめんどくさいことをなんで俺がやらなきゃいけない?
「し……」
「し?」
「死にたいなら勝手に死ねよ!!」
 魔王は、目をぱちくりとさせた後、むっとした顔で叫んだ。
「なにを言うか勇者よ! それでは意味がないではないか! 魔王は勇者に倒されるものだろう!!」
「どこのRPGだよ!!」
「ややっ! RPGを馬鹿にするものではない! 最近のRPGというものは敵の側にも奥深い事情というものがあってそう単純ではないのだ!!」
「んなこと聞いてねぇよ!! っていうか、何か? お前にもじゃあその奥深い事情ってヤツがあるってわけか!?」
「それはもちろん!」
 堂々と胸を反らせて魔王が言うことに曰く。
「あるわけはなかろう!!」
 本当に、なんでこんな奴が魔王なんかやってるんだ。っていうか、なんで俺はこんな奴の自己満足に巻き込まれなきゃいけないんだ。
「分かったのなら、この剣で、ひと思いに!!」
「話聞けよ!! っていうかなんなんだよ! 俺は死にたいの! お前が死にたいなら、俺を殺して、自分も勝手に死ねばいいだろ!! っていうかほんと、死んでいいか? なあ、死んでいいか? お前の前から消えていいか!! っていうか死んでやる。 ああ死んでやるさこんちくしょーーーー!!!」
 魔王の手から剣ふんだくって自分の喉に突き立てて。
「何をするか! 早まるな勇者よ!!!」
 剣を取り合って押し合いへし合い、もみくちゃになって魔王の城の床の上をごろごろ転がり。
「あらあら、大変なことになったわね、レフトちゃん」
「大変なことになった、って顔してないわよ、ライトちゃん……」
「あら、呆れるじゃない?」
「うん、無駄に熱い魔王様にも、それを笑って見てられるライトちゃんにも、ね……」
「やあねぇ、レフトちゃん。聞かなかったことにしてあげるけれど、あとで覚えておくといいわよ」
「いやいやいや。にっこりしてるのに目元笑ってない顔で言わないでよライトちゃん。本気に見えるから……」
「あら、私はいつでも本気よ、レフトちゃん」
「あはは……。それよりも、そろそろ止めてあげないといけないんじゃない? さすがにこれ以上はかわいそう……」
「それこそ、いやいやいや、じゃない? もっと見ていましょうよ。楽しいもの」
「楽しい、のかしら……。アレ……」
 遠くでそんな美女二人の会話が聞こえたような気がしたが、俺はそれどころじゃなかった。明らかにそれどころじゃ、なかった。
「だから死なせろーーーー!!!」
「断る!! 貴様を失うわけにはいかぬのだ!!」
「迷惑! 超迷惑なのーーー!!! いいかげんにしろーーーー!!!」
 延々続く押し問答。終わりが見えない押し問答。これは一体落ち付くのか? 丸く収まるのか!? 一体どうやって! むしろさっさと終わらせてくれ。いや、終われよ!
 けれど、いくら俺がそんなことを思ったって、この状況は続くのだと、その時の俺はまったくもって思ってやしなかったのだ。
作品名:メンヘラ勇者と熱血魔王 作家名:日々夜