守人たちの村
龍は盗賊たちに黒炎を見舞った。闇の業火を浴びた七人の盗賊の姿は、一瞬にして消滅した。侵入者たちのあっけない最期だった。
術が解かれ、村人たちの身は自由になった。影の龍はゆっくり舞い降りると、村人たちに向かって朗々と声を放つのだった。
「私はいにしえの昔よりこの地を守る者。そして“宵闇の公子”レオズスの分身のひとつでもある。この地の向こうに住まう者たちよ。私はお主らに伝えることがある」
龍。その畏るべき威容を前にして、ロザクたちはただ立ちつくすしかない。がくがくと、足が震えているのが分かる。影の龍は目を細めた。この龍からは邪気を全く感じない。しかもレオズスの分身と言った。レオズスは闇を司る神族であり、かつて冥王降臨の際には人間の英雄とともに冥王を討伐したのだ。
「恐れずともよい。お主らは私とともに、ここを――“禁断の地”を守る義務がある。この地を他所の者に侵されてはならぬ。ここからは大要塞《タス・ケルティンクス》へと繋がる道があるゆえにな」
「ここは魔界へ繋がっているというのか……」
誰かの独り言を龍は聞いていた。
「しかり。英雄たちによって魔界《サビュラヘム》への道が封じられて久しい。だが、なにかのきっかけで道が開いてしまうこととてありえん話ではない。道が開かぬよう、魔界《サビュラヘム》からの干渉はこの私が引き受ける。お主ら、丘向こうに住む人間たちは、この地に軽々しくやってくる人間がいないよう、くい止めてほしいのだ。そして手に負えぬ時は私を呼べ。宵闇の分身たる私か、本体――レオズスが助けよう。冥王復活に繋がる事象は、些細なことであれ取り除かねばならない。かの暗黒の災厄が再び訪れんようにな……」
この日この時より、村人すべてが“守人”となった。“守人”とは刻を告げる者から“禁断の地”を守る者へと、その意味を大きく変えた。いや、本来あるべき意味に戻ったのだ。
村人たち――つまり守人たちは、龍から強力な武器を渡された。守人たちは龍の要請に応え、屈強な戦士へと自らを鍛えるのだった。勇猛なるその血統は、代々受け継がれていくだろう。この地を守り抜くために。
* * *
りん、ごーんと。鐘の音が朗々と鳴った。やがて二重、三重と鐘の音は重なりゆき、美しい和音を周囲に響かせていく。これは一日の終わりを告げる刻の合図。村に住む人々は鐘の音によって一日の営みを終えるのだ。
今宵、月は満月。ヨーランは鐘を鳴らし終えた後、鐘楼の窓辺から夜空を見やるのだった。
――あれから幾星霜を重ね、この村はすっかり守人たちの村となった。ロザクは守人たちのかしらとして、村長に次ぐ地位を得た。村に残ると決意し、守人となったヨーランも一人前に成長した。そして彼も結婚し、幼子を持つようになったのだ。父母も、孫の誕生を喜んでくれた。この子は次の世代の守人になることだろう。
(……親父は、俺がこの鐘を鳴らすところを見ていてくれるだろうか?)
白銀の光を放つ月に向かって、ヨーランは思った。
父ロザクは昨日、亡くなったのだ。心の臓腑が鼓動を止めた、突然の死だった。
そして鐘をつく役目は息子へと引き継がれた。いや、ヨーランが率先して仕事を引き継いだのだ。“守人”の意味するところが変わったといっても、村に時を知らせるこの仕事が重要であることに変わりはない。ヨーランは父の葬儀が終わって早々に仕事を始めた。
――ほとんどの人間は、死んだらあの月に行くんだ。そこからさらに死者の世界に行って魂の安息を得る――
ヨーランが幼い日のころに父から聞いた言葉。昨日旅だった父の魂は、今ごろ月にいるのかもしれない。ここから月が見えるように、月からはこの世界が見えるだろうか? 自分の息子が鐘をついているさまが見えるだろうか?
鐘の音が父の魂のもとへ届いてくれるように。ヨーランは目を閉じ、ひとり祈った。
了