守人たちの村
家出をしたヨーランは今どこで何をしているのだろうか。本当は優しいあの子は。残されたロザク夫妻がそのことを思わない日などなかった。
「ヨーラン……」
寂しい朝食をとりながら、ロザクの妻は息子が座っていた椅子を見つめ、沈痛な面持ちでひとりごちたのだった。いなくなるとあらためて分かる。彼ら夫婦は息子を深く愛していたのだ。一方のヨーランはどうなのだろうか――?
盗賊の一味がやって来ている。
ある日のこと。めったに聞かない凶報が、離れた村から入ってきた。その村では先祖伝来のタペストリーが何枚も盗まれた。彼らの人数や風貌など、いっさいは分からないまま。ただ、そのあざやかな手口から察するに、恐らくは手練れの集団――それなりに統率の取れた盗賊団であると想像できた。相手は辺境の粗野な荒くれどもではなく、都市部の盗賊団かもしれない。
しかし、なぜわざわざこんなへんぴな地域を狙ってきたというのだろうか? 被害にあった村の住民たちは不思議に思っていた。
だが、この村の者たちはなんとなく察しがついた。彼らが本当に狙っているのはこの村。村の墓地には亡きイクリーク王朝の、名のある将軍の墓碑がこっそりと建てられており、宝物が安置されている。彼らの狙いはおそらくそれであろう。
もっとも盗賊の一味は、どこからこんな僻地の情報を入手したというのだろうか?
村人たちは疑問に思いつつも、いずれ来るであろう盗賊から、自分たちとこの土地を守り、撃退するために自警団を結成し、警備に務めるのだった。ロザクもその一人として、槍と短剣を所持して村や丘を巡回することになった。
村人たちが不安を抱いたまま、数日が経過した。だんだんと彼らは墓地のことより丘の向こうのことを心配しはじめるようになった。あの地には決して近づいてはならない、という厳格な掟。人智を越えた恐ろしい?なにか?があるのではないかとすら、村人たちは畏れているのだ。そんな土地を盗賊どもは荒らしたりしないだろうか? 禍いを呼び起こすことはないだろうか?
盗賊がやって来るという気配は未だない。そんなある日、唐突にヨーランが帰ってきた。
陽の没する頃、ロザクの家の扉が叩かれたので、ロザクは扉を開けた。そこには自警団二人に両側を固められたヨーランの姿があった。彼の表情はこわばっている。
ロザク夫婦と、ヨーランを連れた自警団たちは対峙する。一瞬の沈黙。
「ヨーランはつい先ほど、村の入り口に駆けてきたんだ」自警団の一人が沈黙を破った。「青ざめた顔をしていてな。今夜、盗賊がやって来ると言うんだ。盗賊たちに宝のありかを問い詰められ、答えてしまったとヨーランは言っている」
ロザク夫婦は目を丸くした。言葉も出ない。ロザクの妻が一歩出て、息子の両肩にそっと手をかけた。母は言葉こそかけないが、息子の帰還を喜ぶ気持ちに溢れていた。ヨーランはうなだれた。
「俺が悪かった」
その口調は重い。自分を責めるかのように。ヨーランは肩をわなわなと震わせ、さらに深くこうべを垂れる。ぽつりと、涙が地面に落ちる。また一粒。
「……息子を連れてきてくれてありがとう」
動揺する気持ちを隠しながら、ロザクは自警団に礼を言った。
「これから守りを固めなきゃならん。あんたには非番のところ悪いが、村の男が総出で賊をやっつけることになった。村長の命令だ。広場まで来てくれ」
「もうすぐ鐘を鳴らさなければならない時だ。鐘はどうするんだ?」
「今回は特例だ。鳴らさなくてもいいと、村長が言っていた」
「では……息子はどうなる?」
ロザクは訊いた。ヨーランは罰を受けることになるのだろうか。
「ヨーランの処遇については、ことが済んでからになるだろう。今はなにより、盗賊にどう対処するかが問題だ」
自警団の二人はきびすを返し歩き始めた。ロザクにも早く来るようにとせかす。
「行かなければならないな。武器を取ってくる」
ロザクはこう言って自室に戻り、槍と短剣を身につけて再び玄関に向かった。家族二人に出発の挨拶をして、自警団二人と共に村の集会所に向かおうとした。その時。
「俺も行かせてくれ!」
うつむき黙っていたヨーランが声を上げ、ロザクたちのほうに走ってきた。
「責任は俺にある。俺は……やつらの仲間だったんだから!」
ヨーランの独白に全員が目を丸くした。
「……歩きながら聞こうか」と自警団の一人。
ヨーランは母のほうを振り向いて手を振って別れを告げたあと、ロザクたちの横に並び、話しはじめた。表情は険しく、こわばっている。
「……この村から出た俺は、まっすぐにファウベル・ノーエの都まで行った。都会の生活って、最初は楽しくて仕方なかった。何もかもが新鮮だった。それで、都で暮らそうと思って職を探したけども、ど田舎の出で学もなく子供同然なこの俺に、仕事なんて簡単に見つかるわけもない。あるとしたら男娼だの、いかがわしいものばかり。しばらくは酒場や安宿の案内役をしてちっぽけな路銀を稼いでいた。そんな生活に嫌気が差してきた。『もう村に戻ろうか』と諦めていたんだ。
「そんな時、宝の発掘を行っている連中がいるという話を聞いた。俺は『面白そうだ』と思った。いかがわしいなんてちっとも思わなかった。危険と引き換えにお宝を見つけ出すなんて、そうそうある話じゃない。だから情報屋の力を借りて、すぐ連中に会いに行ったさ。連中の話はすごく魅力的だった。世界をまたに駆けて、遺跡や廃墟から古代の財宝を掘り当てるんだとな。ひょっとしたら俺も、あの冒険家テルタージみたいになれるかもしれない。俺はそこまで期待した。俺は見習いとして、連中についていくと決めた。だけど生まれを訊かれたときに、俺はこの村のことを――そして村に眠る財宝のことを話しちまった」
ごめんなさい。そう言ってヨーランは再び深く詫びた。
「連中の仕事とやらを手伝っていくうち、奴らの本性が分かってきた。実際、そんな夢を持った人間たちじゃなかった。俗物だよ。金のにおいがするところに行って、価値のありそうなものだったら奪ってくる、そんな盗賊団だ。しかもやたらと手際が良く、過去捕まったことなどない、なんて自慢してた。かしらは魔法まで使えるしな……。
「でも俺は泥棒にはなりたくない。隙を見て逃げ出したけど、捕まった。俺は何度も殴られた。殺されるかと思った。さらに俺は尋問にかけられ――もう思い出したくもない――とうとう財宝のありかを吐かされた……。墓地のこともそうだけど、入っちゃいけない“あの場所”のことまで!
「俺は盗人どもの片棒を担いじまったんだ! 俺は罪の意識でいっぱいになった。なんとか逃げてこの村に帰ろう。そしてやつらがここをいつ襲うかという話を村のみんなに伝えよう。捕まって殺されるのを覚悟で、俺はまた逃げ出した。連中をまくことができたから、俺はこうしてここにいる」
ヨーランの話は終わった。折りしも、彼らの上には白銀の満月が現れた。本来ならば鐘を鳴らす時間なのだろう。
「……よく、戻ってきた」月を見上げ、歩きながらロザクは深い声で言った。「これからまた、一緒に暮らそう」
「父さん……」