小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 

 本能として彼女はすぐさまに考えた。この男を愛しているが、また同じ絶望を味わうのだ。彼女には一度の失敗でもう懲りていたのさ。それでも再び同じ過ちをするのが恋、だがね。
「あなたは逃げて」
「君は」
「私は仔を生むの。あなたの仔よ……この子は血が濃すぎる。きっと私よりも私の祖に近くなってしまうでしょうね」
 彼女はそれを嫌悪するように吐き捨てた。
 君の血を、何代も、何代も代を変えて薄く薄くしていったというのに、こうしてときとして過ちによって濃くなってしまう。それがどれだけ悲劇的なことか彼女は知っていた。
「産む、そんなことが正しいのかしら」
「君は」
「殺すべきかもしれない」
 彼女は理性的な判断を下した。感情としては産みたかっただろうが、彼女は理性的だったのさ。男が己を否定したときに、己の過去のことも思い出した。
 だから彼女は腹を撫でて裏切り者の男を蔑んだ。
 彼はその目を見たときに、ああ、己も、また、自分を裏切ったものと同じなのだと嫌悪した。自分自身を。自分の今の状態を。
 彼は勝った。
 感情を理性によってねじ伏せ、彼女を抱きしめて、口づけをかわした。血の味のキスを。繰り返しいうが。そんなものがなにになるのか。感情が満足し、それで円満になったことなど一度もないのさ。さぁ俺を食べてくれ。カマキリの雄が愛した雌に頭から食べられるように彼は己を差し出した。
 その結果、彼女の仔は一週間で死んだ。
 何が悪かったというわけではないさ、ただ偶然だったんだよ。彼女は無償の愛を差し出すことが正義だと思い込んだ男からの愛を受け入れ、幸せになろうとした。誰かが悪いわけではないが、彼女は年寄りでもあったからね、仔は流れ、彼女は泣き続け、彼は己たちの罪が失われ、形はなく自分たちの間に横たわることを感じた。
 彼女は、そのときから死ぬことを切望しはじめた。
 あまりにも絶望が深すぎたのさ。
「太陽を見たいわ」
「なにを言ってるんだ。そんなことをしたら君は死んでしまうだろう」
「構わないわ。私たちにはもうなにもないのよ。だから恐れることがあって?」
 彼は目に見えない黄昏のような絶望を愛で包みこめると思っていた。目に見えないからこそ、感情的な生き物である人間というものはいつも、いつも。過ちを犯す。
 彼女は理性的であったために、疲れ果ててしまい、孤独であり、癒えない傷をどうにかしようとしていた。そのため、いつもいつも過ちを犯す。
 二人の種はどうしたって混じり合えない。
 君は罪深いことをしたと思わないかい。……ああ、答えないで。私は答えがほしいわけではないんだよ。
 二人の話しをしよう、そうした結果。どうなったか。彼は彼女を閉じ込めた。愛だよ。これもまた。
 彼は己の愛を証明しなくてはいけなかったのさ。過去の裏切りと喪失は彼から多くのものを奪い取った。ゆえに彼はそうなりたくなかったのさ。彼は自分もまた自分を裏切った者と同じものになることを潔癖ゆえに恐れた。それが愛ではなくて自己満足でしかなかったがね。
 彼女の心はどんどんと彼から離れ、彼はゆえに彼女に執着しつづけた。
 重なり合うことのない二つの思考。それはたった一つ互いのことをまるで考えずに己のことだけに固執しているという点においてだけ同じであった。皮肉的な話しだ。まず人は繋がり合うとき互いのことを知ろうとする、離れるときは自分のことしか考えない。なに、それは、いつの時代も同じだ。悲劇なんて思う必要すらないさ。
 二つの願いがあればどちらかが踏みつけられ、無残な形になることは必須。
 二人はあれほどに愛し合っていたのに、たった一つの悲劇をきっかにして坂を転がる石のように見事に憎み合ってしまった。
 転がった石は転がり続ける。坂を落ち切るまで。
けれど、彼女は知っていたのさ。
 こういうとき、自分こそが踏みつけられる側だと。なぜならば彼女は女だ。彼女の知は悲しいくらいに、このときの終わりを悟っていた。
 私が思うに、おい、ききかまえよ。君たちの種に足りないものは、そう体験さ。己が体験し、知識を活用する。君たちはあまりにも利口すぎていつもそれらを避けてきた。ゆえにこういうときになって自滅する。
 彼女もまた例外ではなかったということさ。
 彼は彼女を失うことを恐れた。そして閉じ込めた。カーテンで窓を閉め切り、外側から釘をさして、ドアというドアに鍵をつけて。封じ込めた。彼女を。
 彼女は暗闇のなかで生かされた。
 彼女は狂ったように囁き続けた。
 太陽を見たい、
 花を見たい、
 終わりがほしい、
 そして、彼女は従うふりをして彼が油断した隙をついて外へと飛び出した。彼が叫びをあげるのを背に聞きながら、ドアを開けて。
 飛び出した。
 太陽が差し込む花の中へと。彼女はとたんに悲鳴をあげて燃えあがり、劇的な終わりを迎えた。うむ、悲鳴といったがね、もしかしたら……笑い声かもしれない。彼女は燃え尽きるまで花のなかを駆けまわった。まるで勝利のダンスのように。
 彼女はそのようにして彼の願いを踏みつけることに成功した。それは一つの復讐だったのかもしれないね。
 彼女が死んだあと、唯一残ったのが、これさ。
 彼女の灰がまき散る庭で彼は絶望の涙を流し、そのときにはじめて愛を知った。真実の愛とはなにか。どうすればよいのか。それはもしかしたら間違いだらけかもしれないが彼は自らそう思い、行動した。
 彼は彼女の愛した庭を、それは美しい花で飾り続けることを誓った。彼女がいなくとも、彼女のために。
 私がもってきたのはそんな女の愛と、男の愛が産み出した白薔薇。朝の太陽にはじめに照らされた一つだよ。



「毎回思うんだが」
 彼はとても遠慮がちに私に言った。彼は両手をこすりわせてせわしく震えていた。
「私の仔たちは、どうしてそういう判断しかできないのだろうね」
「きっと、退屈とおさらばする方法として死ぬしかないとおもったんだろう」
「利口すぎるのも考え物だ」
「そういってやるな。我が友」
「また一人、仔を失ってしまったな」
 彼は深いため息をついた。私は眼を細めた。いずれは彼の仔たちはいなくなるのだろうか。それとも、まだしぶとくその血に残った遺伝によって生まれ続けるのだろうか。
「一つ聞いてもいいかい」
「なんだい」
「君はどうして仔をなしたんだい」
「退屈していたからさ」
 私は頷いた。
「さて、私はそろそろいくとしようかな。また新しい物語をもってこよう。それまで君が退屈に飽きて死ななければ」
「私はここから離れないさ。もう私はここにしかいられないんだからね。あんなもの作るんじゃなかったと少しばかり後悔しているよ。あんなにも増えるなんてね。今では私や私の純粋な仔のほうが少ないくらいだ。うん、だが退屈はだいぶましになったよ。おかげで」
「しばらく君の姿を借りてもいいかな? 君が灯してくれた蝋燭がある間でいいんだ。少し遠くまで飛ぼうと思うから」
「かまわないよ。ただ人に見つからないようにね」
「ありがとう、私の友人」
「さようなら、私の深淵」

 私の前にいる一メートルの蚊が羽を震わせて笑い、手を振った。
作品名: 作家名:旋律