バニーウーマン参上!
みーんみんみんみー、と蝉の声が家の前の公園から聞こえてくる。
なんとも耳障りで、なんとも暑苦しい真夏の声。水玉のTシャツにパンツ、ちなみに色は白といった姿でベッドに横たわる少女は公園で元気よく遊んでいる子供の声にうんざりしていた。
汗で気持ち悪い体が余計にベッドのシーツへ張り付き居心地が悪い。いっそ、起きてシャワーでも浴びてしまおうか、少女が勢いよく跳び起き上がると、異様な声が耳に届いた。
「ふおおおおおおおおおううううううぅぅ!」
獣のような うめき声は男の声のようだ。
子供の きゃーきゃー騒ぐ声が聞こえ、少女は公園が見える窓へと駆けよった。、二十歳は過ぎているだろうおじさんが、四人の小学生を異様な声で追い掛け回している。笑い声も交ざっているため、ただ遊んでいるだけだと無視しようとしたら、子供達はヒーローに助けを求めるように叫び始め無視することができなくなった。できない理由があるのだ。
「助けてーバニーウーマーン!」
明らかに少女の家に向かって叫ぶ子供たち。
やれやれ簡単に言わないでほしい、と少女はタンスの引き出しから黒いバニー服と網タイツ、黒いうさぎの耳を頭に装着した。玄関へ向かうと黒いブーツが待ち受けていた。
その頃、子供達が立ち止まっているため、男もまた立ち止まる。
「ちょっと、皆どうしたんだい」
青いワイシャツを着た、丸々と太った男は額の汗を拭いながら暇つぶしに話をし始める子供達に困った表情を見せる。子供たちは「もう少し時間がかかるかもねー」とか「もしかして聞こえなかったんじゃないの?」などと公園の前にある一軒家の窓へ向かって小枝を投げる男の子まで出てきて、おじさんが透かさず注意をし始める。まあ、大人として当然ではある。
「こらこら、人の家に物を投げてはいけないよ」
「いいんだよ、あの家は」と眼鏡の男の子。
「おじさんは悪役してて?」と二つ結びの女の子。
もはや何がなんだか分からないが、先ほどの『バニーウーマン』とやらが関係するらしい。そんな子供が好きそうなヒーロー番組のようなネーミングが(変ではあるが)何だというのか、と濡れた髪を手でかき乱していると、子供たちが歓声を上げた。
「お待たせしました。私が正義のバニーウーマンです」
バニーウーマンが現われた。
三角形の黒いサングラスをかけてはいるが、美人そうだ。さらさらと長い茶色い髪が魅力を誘う。しかし、本当にバニー姿をしているため、子供の前でなんて格好をしているんだ、と目をぎょとぎょとさせた男は引きまくった。
「では、さっそくなのですが私に ぼこぼこにされてください」
聞き間違いかと思い、一拍間を空けてみたが、繰り返しバニーウーマンから同じ台詞が返ってきた。
「いや、ちょっと待ってくれ! 僕は子供たちと遊んでいただけだぞ!」
「しかし、子供たちが期待していますから……すいません」
バニーウーマンは軽くお辞儀をしたが、男は首を大袈裟に振る。いやいやいや、
「すいませんで済むなら警察は存在しません!!」
「いや、もう恨むなら子供たちを恨んでください」
「そら正義の言う事ではありません!」
「仕方がないじゃありませんか! このガキ共に弱味を握られているのですから!」
情けない正義がここに参上しやがった!
子供たちがブーイングをし始めると、気のせいか怯えたように露出された肩を跳ねさせ、そして腕を振り上げたかと思いきや「子供達は下がっていなさい!」とヒーロー番組でありそうな台詞を言い、素早く男に蹴りかかって来た。格闘でありそうな掛け声を上げながら避ける男に回転、いわゆる回し蹴りを繰り返してくる。
「うわあああ! たんま、たんまたんまあああ」
太った体のくせに するっと蹴りを避けバニーウーマンが飛び掛ろうとするのを落ち着くように説得する。というか、蹴りよりも少女の格好について説得したくなってきた。
「止めろ! 僕が子供達を説得するからああ」
「ほ、本当ですか」
ぴたり、と腹に向かってきていた膝が止まる。どうやら説得に成功したらしい。しかし、こんな馬鹿馬鹿しい事までするとは、どんな弱味を握られているのだろう。
そういうわけなんだけど、と子供達に苦笑いをする男。
しかし、子供達の返事は嫌に即答で「嫌だ」と皆が口を揃えて言う。
「嫌って……このお姉さんの弱味って何なんだい」
「そっんなことは聞かなくていいです!」
どかっとバニーウーマンに背中を蹴られ よたつく。どうしてさっきから蹴りなんだ。
「いいからバトルしろよ」と鼻の頭に絆創膏をつけた男の子。
「それに、おじ様も人事ではありませんわよ?」とワンピース姿の女の子。
「ええ? それはどういう意味だい?」
にやり、と笑う子供達を見て青ざめるバニーウーマンに気付き、ごくりと喉を鳴らす。嫌な予感というよりも子供達がホラー映画に出てくる幽霊に見えてきた。
眼鏡をかけた男の子がポケットから小さな携帯を取り出し、プッシュを押し出す。片手で携帯を回転させ、男が見えるように画面を向ける。その画面には怖い顔をした男が子供達を追いかける、そんな画像があった。
――なんだよ、これ。どうやって撮ったんだよ。
「これ、おまわりさんに見せたら何て言うかな」と眼鏡を光らせる男の子。
「あたしたちが泣けば、大人はみーんなおじさんを怒るよね」と可愛く首を傾げる二つ結びの女の子。
「さあて、お二人さん。バトルの続きをしろよ」悪魔のように見える絆創膏の男の子により、バニーウーマンと男は目を合わせ口のはしを引きつらせる。そして、だんだんと涙目で睨み、どんどん般若の顔になっていく正義の味方に、機械仕掛けのように顔を逸らしていく悪役の男。こわい、申し訳ないという気持ちよりも、子供達を含めて正義のバニーウーマンは怖かった。
そして、何故だかバニー姿の少女に本気で蹴られた(僕に怒りまくってのことだとしか考えられない)。どうして蹴りばかりなんだっと聞くと、「あんた汗だくだから手で触りたくないのよっ」だとか。
まさか今頃になって、子供の頃に夢見たヒーローに助けを求めるとは思いもしなかった。
どうか、どうかこの悪ガキ共と弱味を握られた情けないバニーを、止めてくれ。
100717
作品名:バニーウーマン参上! 作家名:ケーキ