【勾玉遊戯】one of A pair
――あ。いいんですか。不用意にそんな大切な『言霊』を使って。あとで禊しないと駄目ですよ。皇流神道の後継者といえども、そういうことには気を遣っていただかないと。
――……ウチはそういう神社じゃねえ。誰がいちいちんなことするかよ。
――もう十一月も終りですからねえ。水ごりは寒いでしょうねえ。
剣呑なまなざしで睨みつけてみたところで暖簾に腕押し、他の人間ならいざ知らずこの男にはまるで効果はない。
どん、と柚真人はその胸を突き飛ばして、優麻から離れた。
嘆息して室内履に履き替え、廊下を行く。
「司あー? いま帰った。だたいま」
優麻は、口許を綻ばせつつ、柚真人の後に続いた。
微笑ましい と、優麻本人は思っているのだが、きっと柚真人がそれを聞いたら即座に鉄拳のひとつも飛んでくるのだろう。
――君は意外と短気なんですよねえ……。まだまだ修行が足りませんよ。
などと、青年は心の中で呟いた。
――司さんもね。乾物のホタテで出汁を取るのはいただけません。だってカレーですよ? ホタテっていうのはどうなんでしょうねえ。それに、余ってるからってシチューミクスとブラウンルーを足すのもどうかと思いますよ。 シナモン入れ過ぎですし、まあヨーグルトはいいとしてもそれって隠し味だとおもいます。生姜は、すり下ろして欲しかった。
☆
夜空は、綺麗な桔梗色だった。
――桔梗色……。
いつか、どこかで呼んだ、有名な童話の中にあった言葉だったような気がする。
――ああそうだ。桔梗の色だ。
湖珠は塀に凭れて、そんなことを思った。
いや、思っていることは、曖昧だった。
とぎれとぎれに、色々なことを考えていたような気がしていた。
それは意味のない想い出や、さして重要でない記憶だったりした。
いや、いまだってこれは洩れ出した記憶の集合体にすぎないのだろう、きっと。
仄かに青い、明滅みたいに。微かに白い、煙みたいに。
夜の透明な空気に拡散していく自分の存在。空気に溶け出す思考。
それは粒子になって、やがて消えて逝く。そして無くなってしまう。
だけど。
――耳飾――。
あれがないと。
――逝けない。
この綺麗な青紫の空に、溶けて消えることだって、出来はしない。
作品名:【勾玉遊戯】one of A pair 作家名:さかきち@万恒河沙