古ぼけたマフラーにささげる
君を置いて街を出た。そうして雪深いここに来た。君の赤いマフラーを盗んできた。俺のカラフルな手袋とまったく合わない、古ぼけたマフラー。君のお気に入りのマフラー。
電信柱が半分くらい埋まっていることに、南国育ちの了はぎょっとして、それから悴む指先をこすり合わせてはあっと息を吹きかけた。何にもないところだ、そう思った。しかし正確には、雪があった。雪しかない土地であった。
たれも知らない土地に行こう。ある日思い立って了は、暖かく、気楽な故郷を捨てて、知らない雪深い街にやってきた。
こどもたちはもこもこと着膨れしており、大人たちは無言で歩く。雪が音を吸い込む静かな街だった。
故郷とぜんぜん違う。了はたいそう驚いた。了の故郷の人間は、陽気で、おしゃべりで、よく笑いよく泣いた。この街の人は、笑うことを知らないように思えた。
全く来る場所を間違えてしまった、了は心の中で思った。午後三時くらいなのに、もう太陽が翳っている。日本海側でないのがせめてもの救いのように感じられた。もしこれで日本海側であったのなら、雪国初心者の了は耐え切れなかっただろう。日本海側の冬空は、どんよりとしていて寂しいのだ。
了はトランクをおいて、ひとつ伸びをした。どうにかなるだろう、南国風のオプティミズムで、彼は笑った。空を見上げた。するとオレンジ色と紫がミルフィーユのように空に層を作っていた。
了はポロリと泣いた。本当に、ポロリと。空を見上げていたので、馬鹿のように口をポカリと広げて、ポロリと涙をこぼした。
「ああ、美しい空だ」
これだけで、たったこれだけで了はこの雪国の街が好きになった。
勝手にもってきた、どこか間抜けなマフラーをぐいと口元に寄せて、了はトランクを再び手にした。それから雪に向かって歩き出した。
古ぼけたマフラーにささげる
作品名:古ぼけたマフラーにささげる 作家名:おねずみ