妖怪のいぶき
第十三夜「因果」
僅かばかり昔、東の地にとある風習があった。
みすぼらしい姿の若い男が、同様な身なりの老婆を背にし、
どんよりした空模様の山間部の坂道をとぼとぼと歩いて居た。
ふと来た道を振り返る男の目に映った光景、それは収穫を終えたばかりの田畑。
遠くでは藁を燃やしているのだろう、白い煙が狼煙の如く淀んだ空に立ち上っていた。
ふうっとため息をついた男は「すまない」と誰にともなく呟くと再び坂道を登り始めた。
飢餓が長く続いた時代…特定の年齢を超えた者を山へ置き去る風習。
互いに何を思い山へ赴いたのか・・・
背中に重くのしかかる温もり、深く刻まれた皺のある口元から漏れた言葉は「気にする事はねぇ、シキタリだで」しわがれた声ではあったが、覚悟を決めた意思が伝わってきた。
男はその言葉を聞いた刹那涙が零れる。
そして、無言のまま歩き続けていると何時しか雪が降り始め背中の温もりも感じ取れなくなっていた。
「おっ母…」男は老婆へと顔を向ける。
目にしたのは母とは似ても似つかない程恐ろしい形相の老女だった…
うすよごれた老女の口元が男の首筋を捕らえる。
プツんと皮膚が裂かれ真っ赤な血が宙を舞う。
男はゆっくりと崩れ落ち、老女は覆い被さるように首筋に再び食らい付く。
「若い肉は生がいい、お前の母は煮込んでから食ってやるから安心しろ、あの世で仲良く暮らせ…ひひっ、ひっひっひ」
グシュ…クッチュ、くっちゃくっちゃ…
今回の妖怪:山姥、山姥は山奥に棲む老婆の姿をした妖怪。山中に迷い込んだ旅人などにはじめは美しい女性の姿で現れ、気を許し寝いったところを取って食うと云う。また、飢餓の時期に口減らしらしの為山に捨てたられた老婆などの伝承が姿を変えたもの、姥捨て伝説の副産物とも云われる。また、飢餓状態に陥った人々が亡くなった人間の肉を食らったという逸話もあるとか…