イプシロン
εはいつものバーからの帰り道、空に赤いものがはりついているのに気付いた。
εは思った。あれはひとでだ。星というものの存在を、ついに知ってしまったひとでだ。
その気持ちはεにも理解できた。εも昔、人というものの存在を知ったεだったからだ。今ではハイボールで一杯が日課になっているεだが、その前はただのεだった。
εはひとでをながめた。つくづくながめた。ひとでは空の膜からはがれ落ちまいと懸命に手足をのばしていたが、星はそれよりもはるか遠いところで涼やかに光っているのだった。
かわいそうなひとで。とεは思い、それから、かわいそうなε、と思った。