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マッチ売りの火

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女の子が路地裏に座っています。右手には大きなかご、左手にはマッチ箱。
女の子が、マッチに火をつけました。


       ★
 あたしは、路地裏で生まれた。
 あたしが生まれた時、目の前にはあたしを点けた人がいた。女の子だった。酷くすり切れたぼろぼろの服に、ぐしゃぐしゃになった髪の毛で、目はぼぉっとしていた。
 あと少しで、死んでしまいそうだ。そう思った。
「クリスマスケーキ、照り焼きチキン、クリームシチュー・・・」
 ぼぉっとした目のまんまで、女の子(お母さんになるのかな)はぼそぼそ呟いた。
 今日はクリスマス。みんなが幸せの日。子供たちはプレゼントをもらい、大人たちは愛する人とグラスを傾ける。この世界に生まれて間もないあたしに、なぜかその事が分かった。
 なのになぜ、どうしてお母さんはこんな寒そうな格好で路地裏にいるのか。不思議だった。でも、そんな事以前にお母さんは死んでしまいそうだった。今にも瞼が閉じられて、死神に魂をかすめ取られてしまいそうで。
 あたしよりも儚く見えた。
 消えてしまう運命にあるマッチの火より、お母さんは儚く見えた。
 どうしよう。
 どうしよう。


       ★
女の子はマッチをもった手をぼと、と落としました。
女の子はもう、この世の人ではありませんでした。


       ★
お母さんの手が突然下に落ちて、小さなあたしも一緒に落っこちた。思わず、身をすくめた。そしてあたしは、お母さんの服を食べた。たまたま落ちた所が、お母さんのボロなスカートの上だったからだ。
 ぱくぱく、もぎゅむぎゅ、ごっくん。
 あたしはむしゃむしゃ食べて、その勢いのままお母さんの上の服も食べる。そして、あたしはついにお母さんを食べ始めた。


      ★
女の子だったモノは、めらめら燃えて逝きます。
その火はやがて、大きな炎へと変わりました。 


      ★
 あたしはいつの間にか大きくなっていて、周りのいろんなゴミまで食べ始めた。あんまりおいしくなかった。でも食べた。
 何がおいしいんだろう、とあたしは考えた。
 そして、思いついた。
 クリスマスケーキ。照り焼きチキン。クリームシチュー。
 あたしが食べてしまった、お母さんの最後の言葉。どれは食べ物なのだろうか。それはおいしいんだろうか。どんな味なんだろうか、ゴミよりおいしいモノだろうか。
 あたしはお母さんの代わりに、『クリスマスケーキ』『照り焼きチキン』『クリームシチュー』を食べに行く事にした。


      ★
炎はまだまだ大きくなります。
ついには、路地裏の隣の家が燃え始めました。 
家に住んでいた何人かが、ようやく気付いた頃。
火は彼らの周りを取り囲んでいました。

  
      ★  
 あたしは、まず近くの家に入って、『クリスマスケーキ』を探した。大きな家だったから、一生懸命探した。いろんな所をうろうろと歩いたせいで、あたしの体の一部がカーペットやいす、机に千切れ落ちてしまった。そして、あたしの体の一部は「あたしの分身」として、いすや机をむしゃむしゃ食べ始めた。
 そんな事をしていると、キッチンに辿り着いた。
 『ここにクリスマスケーキがある。お母さんの食べたがっていた照り焼きチキンに、クリームシチューがある』直感でその事が分かった。そこであたしは、キッチンに入ってごそごそ探し始めた。
 いろんな所を探した。いっぱい探した。そしてあたしは、見つけた。


 
 それは、空の鍋、ソースの付いたナプキン、ケーキの包み紙だった。他にもたくさん、ご飯を食べた後のカスや、汚れた皿を見つけた。どこを探しても、クリスマスケーキ、照り焼きチキン、クリームシチューはなかった。
 あぁ、お母さんの代わりに食べる事はできなかった。お母さんの無念を晴らす事はできなかった。
・ ・・・・・悔しいな。
どうしよう。どうすればいいだろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだ。
この家の人にもう一度作ってもらえばいい!そうすれば、あたしも食べられ
るし、この家の人ももう一回ごちそうが食べられて、きっと喜ぶだろう。子供がいれば、「クリスマスがもう一回来た!」と言って踊りだすかもしれない。一石二鳥じゃないか。最高のアイデアだ! 
 あたしは舞い上って、二階で眠っているはずの家の住人を探す。駆け足で、スキップで、喜び勇んで階段を上る。


 男の人と女の人がいた。起きてくれていた。なんて親切な人だろう!
 なんだかびっくりしているようだが、まあ夜に何にも言わずに来たあたしが悪い。というか、あたしがいくら目立つとはいえ、あたしが来る時間ぴったりに起きていたこの人たちはエスパーかなにかだろうか。すごいなぁ。
 なにはともあれ、あたしは何とかしてお願いをしようと思い、その二人に近づいた。でも、二人はどんどん逃げてしまう。部屋の奥へ奥へ、できるだけあたしから離れようとする。・・・もしかして、路地裏のゴミのにおいがついてしまったのだろうか。それはちょっといやだなぁ。
 あたしはその二人が逃げないように、周りを取り囲んでしまう事にした。


      ★
 炎は彼らを取り囲み、まるで人のようにその手を伸ばしてきます。
 その手に触れれば、彼らは燃え盛る炎と一体となってしまいます。
 必死に逃げても、意味はありません。
 なぜなら、炎はまるで意志があるかのように、こちらへ迫ってくるからです。


      ★
 あ、食べちゃった。
 あたしはついつい、女の人の服を少ぉしだけかじってしまった。そのせいで、あたしの小さな分身が女の人の服へ移り、食べ始めていく。女の人がすごい声で叫び、男の人も大きな声で叫んでいる。やがて、あたしの分身は大きくなり、女の人を直接食べていった。
 男の人が泣き叫んでいる。申し訳ない事したなぁ。でも仕方ない。もう終わっちゃった事だし。
 この人は、作れるだろうか。クリスマスケーキを、照り焼きチキンを、クリームシチューを作る事ができるのだろうか。


      ★
 そして生き残った人間へ、火の手が伸びてきます。
 ついに、最後の一人も、炎に呑まれてしまいました。


      ★
 あ、あぁあ、あああああ。
 男の人も食べちゃった。何て事をしてしまったんだろう。
 どうしよう・・・・どうしよう。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・決めた、探しにいこう。
 世界は、ここだけじゃない。外に行けば、きっともっといろんな物がある。おいしい食べ物も、たくさん。お母さんの食べたがっていたクリスマスケーキや、照り焼きチキンや、クリスマスケーキや・・・ううん、それ以上にすてきな物もたくさんあるに違いない。
 そしてあたしは、あたしの分身がたくさんいる家から出た。分身たちは、食べ物がなくなりつつあって、小さくなっていた。分身たちは、あたしを見ると手をふってくれた。あたしは、あたしが食べてしまったこの家の人と、小さくなった分身たちへ、一礼した。礼儀はきちんとするものだからね。
 
 そしてあたしは、おいしい食べ物を食べに、お母さんの遺言をかなえるために、この町を出た。

作品名:マッチ売りの火 作家名:ツイスター