自転車に乗って
どん、ぱらぱら。
川沿いを、遠くで鳴る花火の音を聞きながら俺は自転車をこいでいた。
後ろには彼女が横座りで上がっては落ちて散っていくばかりの花火を眺めている。
「そんなん見たってどうしようもないだろ」
「そうでもないよ。気休め、気休め」
「気休めなんてなんの薬にもならないだろ」
「でも、気は休まるんだよ?」
ぎいこぎいこと古くなった自転車のペダルを一心に足の裏で押しこみながら、俺はなにが気休めだ、と唾を吐きたい気持ちになった。なぜならそんなことをしている暇なんて俺たちにはなかったからだ。
俺は今、彼女と駆け落ちの真っ最中だった。
どうしてだめなのか、どうしてむりなのか、両親は教えてくれなかった。
俺も彼女も必死になって頼んだけれど無理だった。
だから俺は今、必死になってペダルをこいでる。
どん、ぱらぱら。
どん、ぱらぱら。
中学生の夏休みなんて、プチ家出の人口で溢れている。だからきっと、俺たちだって通報されたり、捜索願いなんて出されないはずだ。きっとそうだ。今まで両親は俺に無関心だったんだし、きっとそうだ。間違いない。
確証もなくそう俺は思った。
彼女は自転車の後部座席の金属の部分を握り締めて、片手を俺の腹に回して、相変わらず食えない笑顔で花火を見ていた。
なぜ今日に限って花火大会なんてものがあるんだろうか。
なぜ今日に限って花火なんていう一発芸の発表会があるのだろう。
なぜ今日に限って花火――
「ねえ」
「なんだよ」
「あたしたち大丈夫かな」
「大丈夫に決まってるだろ」
「本当?」
「ほんと」
「三人無事に逃げられるかな」
「三人みんなで逃げるんだよ」
彼女は俺の背中に頬を寄せて、笑った。
「今、花火の音、聞いてるかな?」
「聞いてるよ」
「そっか」
「おれたちと一緒に聞いてる」
どうしてだめなんだろう。どうしてむりなんだろう。どうして反発するんだろう。
答えは全然出ないままで、俺は腹に添えられた彼女の手の暖かさを感じながら、この暖かさを感じられるのはあとどのくらいなのだろう、と考えた。
―――考えてしまった。
「見つけたぞ、雄太!」
怒声が、花火の合間に前方から響いた。
彼女が驚いてバランスを崩して自転車から落ちかける。
「きゃあ!」
「美香子!」
俺は手を伸ばした。
必死に手を伸ばした。
届かなかった。届かなかったんだ。
土手を転げ落ちていく彼女は必死に自分のおなかをおさえていた。
「全治一週間よ」
「美香子は?」
「帰るわよ、雄太」
「なあ、おい、美香子は?」
母親がぱしりと俺の頬を叩いた。
俺は、ただ、ああ、夢が終わったんだな、と思った。
どん、ぱらぱら。
あの、花火みたいに。