ゴースト/ニューヨークの幻
昔は住宅街ではなかったのだが、今ではそんなこと
誰も信じないほどの住宅街で。
お蔭で返って、昔からあるこの神社は異質な存在に見て取れる。
こんな光景は・・今ではよく見かける光景だが。
不思議なコントラストがあって。
昔の面影といえば、神社の社の裏手にある大きなしいの木ぐらいか。
昔は目立たなかったが、他の木が伐採されていく中で、
「ご神木」とされたこの木はここが小高い山の頂上であったこと
を示しているようだ。
そのしいの木に向かうような、急な階段を登っていくと
小さな社があり月に一度の月次祭が行なわれる。
月次祭の日には鳥居の横に大きな日の丸が掲げられて。
まだ冷え切っている春の空気にたなびいていた。。
普段は管理人はいるが神職も宮役の人も居ない小さなお宮で。
住宅街の社ということもあり、正月などはなかなかに人が集まるが
受験前の合格祈願を終える桜の頃となると人も疎らだ。
春の桜の時期には早い月次祭の日、それはたまたま日曜日だった。
社の役員として、月次祭の日にはご祈祷の受付を担当する私の目の前に
老婆と息子夫婦の3 人がやってきた。
その老婆は、急な階段を家族と共に登ってやってきた。
「実は、御祓いをお願いしたいんですが・・」
どういった御祓いでしょうか?
「それが、どういったらいいのか・・」
話を聴くと息子夫婦はこの土地に引っ越して10 年になる。
つい最近、近くに家を新築し、宮司が地鎮祭にも出向いたそうだ。
故郷は九州の方で、母親がひとりで暮らしていたが
息子夫婦はこれを機に母親を呼び寄せ同居することとした。
そして、母親がこちらに来て。
二階建ての家の二階で息子夫婦と孫がが寝ている。
一階の居間で、母親が寝ている。
と、母親は夜になると目を覚ましてしまう、という。
息子が口を開いた。
「夜な夜な爺さんが階段を下りてくるって言うんですよ。」
変に呆けた感じでもない普通の老婆なんだが。
息子は、「母親が来てから、確かに廊下を歩く音がするんですよ。」
嫁も「夜の夜中に。ギィーっギィーっと、音がするんです。」と。
老婆は言った。「やっぱりねぇ、爺さんなんだよ。」
え_。その御祓いで?
「お願いできませんか?」と訊かれてもなぁ。
通常は厄払いとか、赤子のお宮参りとか。
まぁ大凡、きまりきった御祓いぐらいしかないものなァ。
幽霊祓いなんて・・と困り果てていると、宮司がやってきた。
そしてその話をすると。宮司は暫く考えた。
「おじいさんはいいひとでしたか?」
すると老婆は顔をクチャクチャにして笑いながら
「酒癖は悪かったが、いいひとでしたよ。
コレの生まれてからは、酒を一切断ってねぇ。
働き者でねぇ、コレの学費こさえるのにいろいろと商売してね。」
宮司は無表情のまま、更に尋ねた。
「いまぁ、どちらに_?」
老婆はクチャクチャに皺を寄せて笑った。
「ぁぁあ?もう五年になるかね、亡くなったんですよ・・」
「あぁ、失礼、お墓はどちらに?」
息子が答えた。
「あ、九州の方に・・。」
すると。宮司は黙ってしまった。
ウム。
_。
宮司は頭を上げて、息子を見て。嫁を見て。
老婆に顔を近づけた。
「爺さんを祓っていいんですか?」と。
老婆は呆気に取られた顔をした。
宮司は小さな声で言った。
「お爺さん、あなたを心配して、毎晩降りてこられるんじゃないんですか?」
そしたら、老婆が口を空けたまま、涙を流した。
「勿論、御祓いをすることは可能ですが。
祓うべきものなのか、ということです。もしくは。」
皆、黙って宮司の次の言葉を待った。
宮司もなにか言葉を考えながら話しているようで。
「お爺さんが、寂しがっているのかもしれませんね。」
息子が、何かに気がついたような声を出しながら宙を仰いだ。
「向こうに誰も残っていないから。寂しくなったのかなぁ。」
宮司は、静かに頷くと。
息子は泣きじゃくる母親の顔を見て。そして宮司の顔を見た。
「どうしたら・・いいんでしょう?」
その日の話はそれまでだった。
後日、宮司に聞くと、
「お気持ちがあるなら」ということで。
墓を此方に用意して、御霊を遷されたそうだ。
その後、息子夫婦は神棚に酒を常に絶やさないようにお供えしているそうだ。
老婆が云うには。爺さんはといえば。「静かにしている」そうだ。
だが、受験生になった孫を心配して、夜、ときどき見回ってくれているそうだ。
作品名:ゴースト/ニューヨークの幻 作家名:平岩隆