私のやんごとなき王子様 真壁編
「――いえ、知りません。何か言ってたんですか? それに……仕事が残ってたのを思い出したって言ったじゃないですか」
ここで聞こえましたって言ったところでどうにもならない事くらい分かってる。
私は先生から視線をずらして白い波しぶきをあげる海を見た。
「そうか……」
先生はそれ以上追求して来なかった。代わりに大きな手で私の頭をガシガシとかき回し、
「取りあえず今日は家でゆっくり休め。明後日の本番まではこき使ってやるからな」
「ふふ。はい」
「じゃあ、あんまり風に当たりすぎるなよ」
そう言ってポンポンと数回頭を軽く叩くと、船室へと戻って行った。
先生は私の事を気にしてくれている。本当にその事は嬉しい。だけど……ううん、今はそれだけで十分だって思わなきゃ。
もう一度私は宿舎の方を仰ぎ見た。気付けば島は野球ボールくらいの大きさにまで遠くなっていた。
私はここで経験したたった1週間の出来事を、一生忘れないだろう。
それから何事も無く無事に学園に戻り、校長先生の話を聞いた後、私は帰路についた。
校門には相変わらずの高級車の群れが出来ていたけど、私とさなぎには関係ないもんね。
くやしいかなさなぎは彼氏の米倉君と一緒に帰るといういうので、気を利かせて私はせっせと自分の足で歩き、1週間ぶりの我が家へと一人戻った。
「ただいま〜」
「お帰りなさい!」
玄関ですぐさまママが迎えてくれた。
久しぶりの自分の家の空気に、心からホッとすると同時に、疲労がどっと全身を襲う。
うん、今日はぐっすりと眠れそう。
そして目覚めたら、もうひと踏ん張り頑張らなくちゃ。
ベッドに入ると、頭の中で色んな事が渦巻いた。
演劇祭の事、真壁先生の事、水原さんの事――――
たくさんの思いが網膜の裏を横切るのを感じながら、私は眠りについていった。
作品名:私のやんごとなき王子様 真壁編 作家名:有馬音文