二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

あんこと私

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 

Scene.3 【immoral】



 デンマークの準備室に初めて入った時、ノルウェーは彼の《におい》をほのかに感じた。鼻で感じる体臭のたぐいではない、この部屋に染み込んだ、彼の気配にようなものだ。準備室によってはろくに利用もされず物置と化している部屋もある。ここはそれなりに有効活用がなされているようだった。
 彼に初めて抱かれた場所も、国語準備室だった。

「ノル、本当にええんか?」
「何度も言わせんな、馬鹿あんこ」
 きれいな夕焼けの日だった。夕陽が濃い光を放ちながら西の空に沈もうとしていた頃。ダークオレンジの色を帯びた光が準備室に差し込んで、室内には黒々と影が横たわる。見上げたデンマークの金の髪が、燃えるように輝いていた。
 まるでデンマークの自宅の、彼の私室のような部屋に見えても、ここは高校の校内だ。教諭という立場、放課後の校内、制服姿のノルウェー。デンマークにもそれなりの躊躇が見て取れたが、ノルウェーは気づかないふりをしていた。
 教師も結局は人間だったのだ。幻滅するどころか、むしろひそかに嬉しいとすら思っていたノルウェーだった。
 やさしいばかりだった今までとは違う、荒々しいキスを交わしながら、性急に服をはだけられて。
「……ノル、おめぇは」
 ノルウェーの膝の裏を大きな手のひらで抱えたまま、デンマークが途中で動くのをやめた。彼の手のひらから、すうっと汗が引いていくのが分かる。
「はじめて、なのけ?」
 押し込まれる苦痛に息を乱しながら、ノルウェーは男を睨む。なんだその呆然とした声は。まさか、こんなところでやめる気か。
「だったら、何だ?」
 彼の腰に脚をからめて、太い首に腕を回してぎゅうっと抱きつく。耳元で聞こえる、息をのむ音。ごとり。にぶい音を立てて、ノルウェーのローファーがタイル張りの床に落ちた。

 終わった頃には、すっかり日が暮れていた。
 片づけをして、服を整えて、デンマークは土下座せんばかりの勢いでこうべを垂れた。
「すまんノル!」
 じろりと、ノルウェーは睥睨する。なぜ謝る?風紀の乱れを正す立場にありながら、ついに教え子に手を出してしまったからか?無理に抱かれたどころか、むしろ誘ったのはノルウェーの方だし、今さら謝られたところで致してしまったという事実は消えない。
 そもそも、謝るくらいならはじめからやらなければよかったのに。
 ノルウェーの冷ややかな視線に気づいていないのか、頭を上げたデンマークは悄然とした顔をしていた。
「おめぇがはじめてだって、気づいてなかったっぺ」
「だがら、」――それが何だというのだ。
 自分はそんなに、男と見れば教師だろうと何だろうと誘惑する阿婆擦れに見えたのか。そんな性悪じゃなかったと分かったら、遠慮なく抱く気も失せたか?
 するりと伸びてきた腕を振り払う暇もなく、ノルウェーは強く抱きしめられていた。
「おめぇ、度胸あんだな。あんまり堂々としとるもんだで、てっきり慣れとると……」
 いやこれは言い訳だなと、デンマークはゆるゆると首を振る。
「本当にすまんかった、怖くなかったけ?」
「……デン」
「ちっとばかし荒っぽすぎたべ。もっとゆっくり、すりゃあよかったな」
 前戯こそ荒っぽかったものの、ノルウェーの腿を伝う赤い色をみとめてからのデンマークは、まどろっこしいほど慎重にノルウェーに触れてきた。しまいにはノルウェーの方がじれてしまって、早く先に進めと急かしたほどだ。
「私がおめぇを怖いだと?万に一つでも、そんなことはねぇべや」
 ――半分くらい、うそだった。
 執拗なキスが苦しくて、彼から逃れようと首をよじっても、追いかけてきた手とくちびるにたやすく捕らえられた。生き物のような舌に翻弄されて腰がくだけた。
 顔を上気させるノルウェーに、デンマークはうっそりと笑む。
 ひどく淫靡な空気が支配していた。
 底抜けに明るい笑い顔、成人しているくせに少年みたいな表情、デンマークの快活な部分しか知らなかっただけに、背中がぞくりとした。舌でぺろりとくちびるを舐めて、どう喰ってやろうかと思案する目。そこにはいつものデンマークはいなかった。
 この目が怖いと、《雌》の本能が震えた。
「この、ほんずなしが」
「そうけ」
 ただの虚勢だと、勘のいいデンマークなら気づいているはずだ。それでも彼は、それなら良かった、と笑ってノルウェーをぎゅうぎゅう抱きつぶした。
 心(しん)から怖い、と思ったのは最初だけだ。
 最後までノルウェーを気遣っているのが分かった。おおざっぱな表面上の印象とは裏腹に、意外とマメで、几帳面な男だったから。それはこの準備室ひとつ取ってみても分かる。ちり一つ無い室内の大半を占めているのは、ジャンルごとに書籍が分類されて仕舞われている書架だ。
 今はなぜだか、彼を振り払う気が起こらない。
 人見知りするノルウェーにとって、彼女のパーソナル・スペースは常人以上に広い。あいさつ以上の接触があろうものなら、手を使い口を使って相手をテリトリー外に追い出していたのに。
 陽の光とどこかほこりっぽいにおい、ひかえめなフレグランスのかおりに、混じる汗のにおい。能天気な声を聞きながら、されるがままに目を閉じていたら、心地よくなってきた。
 傲岸不遜な態度しか見せたことがないノルウェーが、おとなしく自分の腕の中におさまって、あまつさえ身をすり寄せてくる。デンマークは嬉しそうなやさしい声で「おめぇもめんこいとこあんだなぁ」とつぶやいた。

 最初、というのはもっと痛くて苦しいものだと聞いていたが、彼女の場合はその限りではなかった。というか、それなりにしんどくはあったが、まんざら悪いものでもなかった。
 どうやら自分たちは相性がいいらしい。それを確認すべく、また彼のところへ行った。それから何度も抱き合った。
 覚えたのは、快楽。それ以上にひどい常習性をもった、安堵、だった。
「ノル、甘えんぼだったんだっぺなぁ」
「大の大人が甘えんぼ言うな、うざい!」
「そうけ?」
 我に返れば気恥ずかしくなって、いつも以上にデンマークにはそっけない態度を取ってしまうけれど。快楽にふやかされ、甘い空気に脳髄まで侵された今は、どこまでもノルウェーは与えられる安堵感に従順だった。
「おやすみ、ノル」
「ん」
 翌日が休日なのを幸いに、デンマークの自宅までついていった。
 触れるだけのキスをして、ぐっすりと眠った。自宅に帰って携帯電話を確認すると、数件の不在着信と留守電にメッセージが入っていた。いずれも遠方の地で下宿中の弟からだった。
 ――何回も掛けてごめん、ちょっと訊きたいことあったから。またノルの都合のいい時に連絡ちょうだい
 アイスランドからのメッセージを聞いて、妙に浮かれていた気分は一瞬にして吹き飛んだ。
「……、アイス」
 ノルウェーははじめて、居心地の悪さのようなものを感じた。悪いコトをしているとは思っていない。罪悪感もない。けれどノルウェーは、この姿を弟にだけは見られたくない、と思った。
 このデンマークとの関係を手放す気はない。
 けれど絶対に、あの子にだけは知られたくはなかった。




End.
作品名:あんこと私 作家名:美緒