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洗脳という名の

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「ヒロってかわいい」

それがこいつの口癖。俺が何かする度にかわいい、かわいいと口に出す。
今日も朝から「寝癖かわいい」「教科書にヨダレ垂らして寝るヒロかわいい」「おにぎり食べてるとこかわいい」など、数多くのかわいいを聞かされてきた。
実際のところ、俺はかわいいとは異次元に存在しているような外見だ。あまりにかわいいを連呼されてノイローゼになりそうだった俺は、一度それを姉に相談したのだが(恋人は女ということにして)そんな目も頭も悪い彼女別れたら?と爆笑されてしまった。
そうだ、むしろかわいいを連呼をするこいつの方がどちらかと言うとかわいい顔をしている。もちろん内面も好きだが、もしこいつがこんな外見じゃなければ今現在男なんかとお付き合いなんかしていないと思う。
最初のうちは受け入れられずにボケの一種だろうとひたすら突っ込みを入れていたが、今はもうそれが本気だとわかり諦めている。

「靴踏んでんだ、かわいい」

しかし帰り道でそう言われたときはさすがに鳥肌まで立ってしまった。

「…かわいい癖が治らないなら別れるぞ」
「え、えええええ!!」

俺の後ろを歩いていたそいつは大声で叫び、足を止めた。振り返ってみると顔は真っ青でわずかに涙目、身体は硬直させていた。

「そんなに嫌だった?」
「嫌というか言われすぎてかわいいのゲシュタルト崩壊起こりそう」
「嫌なんじゃん…」

いつまでも動かないのを見て俺は自らそいつに近づく。目を伏せてズボンをきつく握っている姿は子供にしか見えず、何となく俺は少しだけ目線の下にある頭を撫でた。

「じゃあヒロの子供扱いもやめろよ…」
「そっちが先。俺のこと洗脳する気がないなら止めてくれ」

撫でていた手を軽く払われたので、代わりに隣に立って肩に手を回す。スキンシップの度合いを図るのには苦労しているが、まあこのくらいなら健全な男子のじゃれあいの内に入るだろう。

「でもさあ…他に言葉が見つからないんだよ」
「はあ?」
「うーん…俺のかわいいは何と言うかそのままの意味じゃなくて!こう、あー俺本当にヒロのこと好きだなあ…と思ったときに使ってるんだよ」

こいつの言葉は支離滅裂なことも多いが、今回はかろうじて意味はわかった。ようするに女子で言う(男子でも使うが)ときめき、といった感情を表したいときにこいつはかわいいと表現するのだ。

「だったら普通に好きとか言え、俺はそっちの方が嬉しいし気持ち悪くない」
「あ、本当に?ストーカーっぽくてひかれると思ってた」

その言葉に毎日四六時中「好き」と聞かされる自分を想像した。やべ、かなり怖いかも。やっぱり今の無し!と全力で撤回しようとしたとき、するりとそいつは俺の腕から抜けた。そして立っている俺の方を真っ直ぐに見つめ、いつもかわいいと言っているときの独特のへにゃっとした笑顔を浮かべた。

「ヒロ、好きだ」

その時俺はそいつを「かわいい」と思ってしまい、洗脳はもう手遅れなところまで進んでいたことを思い知った。
作品名:洗脳という名の 作家名:にぶ