オレンジとブルー
俺はずっと友達の顔で笑ってた。
[ オレンジとブルー ]
「となり、良い?」
大学に編入して早二週間。三年に編入するもんだから既にできた輪には
もちろん入れず、俺たちは当たり前のように編入生同士で固まった。
「どうぞ」
「どうも」
今年は女子が多く、編入生男子は俺とこいつの二名。工学部なのになんてこった。
「なぁ、俺以外と喋った?」
「鈴木と新山と…」
「それ編入生じゃん。以外で」
「いや…まだ…」
こんなにアウェイなんだな。
ぽつりと呟いてふぅーと息を吐いた。
ハブられてるのとは違う。皆物珍しそうな目で見てくるし、
話しかけようという素振りはあるのだ。
「俺だけで良いじゃん」
「…まあ」
「って、ほんとに良いのかよ!」
教室がざわざわして俺たちの周りを空けて席が埋まる。
先生が入ってきて授業が始まった。数学は得意だ、と俺は机に肘をついた。
――…
「はい、二人はここの席ね。パソコンは自分で設置して貰おうかな」
そして6月。俺たちは同じ研究室に配属になった。
偶然だな~って言われて、少しだけ後ろめたかった。
「先輩、ここの研究室って忙しいですか?」
「うーん…君たちみたいに優秀だと物足りないくらいかなぁ。忙しくはないよ」
どうやらこの大学には編入生イコール優秀で近寄りがたい
という既成概念があるらしい。
同学年の学科の人たちにも度々言われて否定するのも疲れてきたところだ。
「お前が隣なら気が楽だわ」
「真面目にやれよ、真面目に」
「はいよー」
パソコンをさっさとセッティングしてしまうと手持ちぶさたになった。
慣れない研究室の空気に息苦しさを感じていた俺は
今日は早めに帰ろうと立ちあがった。
「お疲れ様です」
「おーお疲れー」
先輩が画面に目を向けたまま返事をする。
特に気にするでもなく歩き出そうとした時に服の裾が
ちょいちょいと引っ張られた感覚。
「もう帰る?」
「…腹減ったし」
「じゃ、俺も」
お疲れーっす。声がして、先輩がさっきと同じように返事をした。
工学部棟の出口辺りでふと
「今から暇?」
「なんで?」
「車で、遠く行こ」
海まで飛ばしたくなった。
「明日二限から授業なのに」
「ついてきたのお前じゃん」
もっと長く一緒に居たいと思い始めたのはいつ頃だったか。
二人が良い、と。学科に友達ができても気付けば二人になれる空間を探している。
…この気持ちをはっきり表してしまうのは、怖い。
「お前、車運転するの好きなの?」
夕焼けが、オレンジと淡いブルーが、溶け合った空を見たまま言った。
「普通」
「普通、って…疲れても俺代われないからな」
本当は海なんて越えて、ずっと遠くまで、ずっと一緒に居たいよ。
そう言ったらどんな顔するだろう。笑って、アホかって言ってくれるかな。
――…
「んー…暗い!」
思いついて来たは良いが日は沈み海は暗闇に浮かんでいた。
「でも、波の音する」
「確かに。落ちつく」
車のライトを遠目でつけっぱにして、俺たちは砂浜を歩いた。
靴を脱いで、素足でさらさらの砂に足を埋めて、よろけたふりをして肩に腕を回した。
「冷たっ!さすがにまだ泳げないな」
「大丈夫だ。お前ならいける」
うるせぇお前がいけ!と冗談で押したら、予想以上に砂の足場はもろくて
体が大きく揺らいだ。俺はとっさにそいつの手を引いて抱き寄せた。
「っ、な…に、してんだよ!!危ないだろ!
濡れたらお前の車もびしょびしょになるぞ!」
「悪かったって。てか、お前が弱すぎなんだって」
一瞬、だったけど。すげえ温かかった。
「でも…ありがと」
ああもうヤバい。ごめん、今ので確定した。
暗くて良かった。多分海入れるくらい俺熱くなってる。
「帰ろうか」
帰りの車の中は何故か二人とも黙ったままで、
流れてる音楽がなかったら鼓動が聞こえてたと思う。
また明日、って手振って「楽しかった」なんて言うから。
待ってって言って手引っ張ってさっきみたいに抱き締めて
好きなんだって、言いたいとか…思って、
「おう。また明日」
言えずに友達の顔で笑った。
end.