彼女は、
小梅は息を弾ませていた。ああ、そういえばお前、体力なかったもんなあ。たったの数年間会っていなかっただけなのに、その感覚をすっかり忘れてしまっていた。俺はすまなそうに笑って、「ごめん」と謝って、小梅を椅子があるところへ手を引いて連れて行く。新品のお冷を店員から受け取り、椅子に体全部を預けて座っている小梅にそっとそれを差し出した。
「ありがとう」
へらりと、昔と変わらないゆるい笑顔で小梅はわらった。子供の頃からちっとも変わらない。そう思っていたのに、思っていたいのに、さっきの画像が脳の奥で再生される。
おだやかなえがお。俺の知らない、年相応の、大人になりかけている女性の、恋をしている、えがお。
「まだ、50回噛んで食べてるの?」
「え、」
俺の前でわらう小梅は昔のままで。小学生の時ひとり黙々と食べきれなかった給食を休み時間中も食べ続ける小梅のままで、中学のとき女子たちに半ば強引に渡された日直日誌を文句ひとつ言わず素直にず受け取った小梅のままで、そして、気付く。俺の前で見せる笑顔と、あいつらにこき使われたときに見せていた笑顔に違いが、ない。
生まれたときからずっと一緒だった。目に見えて傍にはいなかったけど、俺の視界には必ず小梅の姿があった。だから、俺が知らない小梅なんているはずなかった、そう信じて疑わなかった自分の神経を、俺は疑う。どうしてそんな、馬鹿みたいに信じ込んでいたんだろう。まるで小梅が所有物かのような、そんな気持ちで俺はずっと、
俺の知らない小梅はひとつ。長谷川の隣にいるときの、小梅だ。
「なあに、それ。何のはなし?」
小梅はにぶい。
二十年、決して大きな花を咲かせないまま、けれど大切に培ってきた俺の初恋を、小梅の一言が、小梅の笑顔が、容赦なく切り捨てる。