屋上にて
階段を上りきり屋上に出ると、強い光が肌を突き刺した。
セミの声が聞こえる。
くっきりとした、青と白のコントラスト。
……夏だ。
目線を落として屋上を見回すと、給水塔の作る影の中、フェンスに背を預けてぺたりと座っている奴が、一人。
「……おめー、絶対そのうち熱射病になんぞ。」
そう声をかけて近づくと、そいつ、風祢は、手元にあるペットボトルを振って見せた。
中の水が、ちゃぷん、と音を立てる。
「お疲れ。」
「おー、ちょー疲れた。」
どさりと隣に座ると、補習仕様でそれなりに締めていたネクタイを緩める。
わざわざ外のコンビニまで出て買ったアイスを、袋から取り出した。
がさがさとビニール袋を鳴かせながらアイスを銜えると、口の中にひんやりした甘みが広がった。
やっぱり夏はこれに限る。
それにしても、
「……腹立つくらいいい天気だな。」
「?なんで、いい天気で腹がたつんだ?」
「腹立たね?いかにも夏だー!!遊べー!!って言ってるようなこの夏空の下で、何が悲しくて補習だよ。」
「それはまあ……、仕方ない。俺たちはしがない受験生だからな。」
「そりゃそうだけどさー。……はーあ、お前みたいに補習のいらない天然秀才君に、俺の気持ちはワカリマセン。」
「夏生。俺は別に天然秀才じゃない。」
「うっせーよ、この補習いらない組が。」
風祢に声を返しながらアイスをかじる。
冷たい。美味い。
小さな夏の贅沢だ。
ちなみに、金額にして実に60円。
安い贅沢である。
しゃくしゃくとアイスをかじっていると、不意に風祢の視線を感じた。
ん、とアイスを差し出すと、しゃく、と風祢がアイスをかじりとった。
「美味いな、これ。」
「夏といえばコレだろ。お前も食えば?」
「有難う、夏生は優しいな。」
「いや、おごんねーし。」
バカな会話をしながら、空を見上げる。
青い。
夏の空だ。
真夏の、青。
強い風が、夏の香りを運んでいた。
俺と風祢が黙れば、聞こえるのはセミの声と風の音。
ずっと遠くで、運動部の掛け声が響いていた。
「……なあ、夏生。」
こちらを見ない、風祢の声がした。
「ん、何。」
「お前、何したい。」
「は?」
「この夏。お前、何がしたい?」
……この夏、か。
俺も空を見上げたまま考えた。
「……海、行きてーな。」
それから、そう唇にのせた。
「海、か。」
「そう。海。」
「いいな。」
「だろ?あと、花火も行きたい。」
「ああ。」
「花火、それから、祭り。あと、山にも行きたいし、プールもいい。カラオケ行ったり、その辺で買い物したり、こうやって屋上でだらけたり、……他にも、色々。」
やりたいこと。
それは、沢山ある。
沢山。
だって、最後の夏なのだ。
沢山あるに決まっている。
そうだ、この短すぎる季節では、とても足りない。
……ああ、でも、でも全部、
「お前とでなきゃ、嫌だ。」
するりと零れた言葉。
言ってから、すとんと落ちてくる。
俺はこいつと居たい、ただ、そう思った。
「……とんだ殺し文句だな、夏生。」
「……うっせーよ。」
隣で、風祢が笑った。
声を返して、俺も笑う。
「泣いても笑っても最後の夏だ。やりたいようにやんななきゃ、損、だろ?」
「ああ。……そうだな。」
「風祢。」
「ん?」
「だからさ。」
「ああ。」
「お前、この夏、ちゃんと俺に付き合えよ?」
強い風が吹く。
風の中、風祢の優しい笑い声が耳に届いた。
Fin.