恋愛風景(第1話~第7話+α)
6.コンビニとにわか雨:Twitterお題シリーズ.4
(Twitter診断ツール「恋愛お題ったー」によるお題:10.8.7分
⇒「朝のコンビニ」で登場人物が「逃げる」、
「ビニール傘」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
夜勤明けに寄る朝7時すぎのコンビニで、いつも見かける人がいる。
今朝もいた。雑誌売場でファッション誌をしばらく立ち読みして、ペットボトルの並ぶ冷蔵ケースの前を経てデリカの棚へ。手に取るのはサラダだったりパスタだったり、隣の棚からヨーグルトやゼリーを追加したり。日によって様々だ。
今日は冷麺と牛乳プリン。
暑いからなぁ、と思いながらさらに隣の棚でジュースを物色するふりをしていると、気配が近づいてきた。白い手と腕が目の前に伸びてきて、ぎょっとする。
「あ、ごめんなさい」
言いながら彼女は、野菜ジュースに手を伸ばした。指が届く前に先にこちらが取り、手に押しつける。
眼鏡の奥の目がびっくりして見開かれる。
「……ありがとう」
「いえ」
急に照れくさくなって、パックを握りしめる彼女から離れた。
感じ良くなかっただろうか。いやでも、ああいう行動は無駄口なしでないとかえってわざとらしいし。
言い訳めいたことを考えながら外に出て、弁当買い忘れたなと思った。
3日後、コンビニに寄るとやはり彼女が来ていた。
いつもジーンズなどのラフな格好で、カバンを持っているのは見たことがないから通勤時ではなさそうだ。仕事は何なのだろうか。
立ち読み中の彼女の後ろをさりげなく通り、ミネラルウォーターを選んでいると、一瞬早く伸びてきた手にボトルを奪われた。と思ったらそれをいきなり手渡される。
振り向いたらなんと彼女で、しかも微笑んでいた。
「え、あ、」
「こないだはありがとう。この時間よく来てるよね」
「……え」
呆然とすると彼女はふふと笑って、「だってその服」と指差した。
あ、と自分のうかつさに気づく。帰りはいつも施設の制服を着ているのだ。
「すぐそこの特別養護老人ホームの制服よね。ヘルパーさん?」
「介護福祉士、です」
「ああそう。夜勤明けなんだ?」
うなずくと、大変だよねと実感を込めた口調で返された。
「徹夜は疲れるよねえ、まぁ私は自宅でだからまだ気楽だけど」
「仕事、在宅なんですか」
「ん、そう。翻訳やってるの」
児童文学の紹介を兼ねて、学生時代から下請けを引き受けているのだという。
「へぇ、すごいですね」
「全然。大学出てやっと今年から本格的に始めたとこだから、まだまだ」
「えっ」
「?」
「4大?」
「うん」
「……23歳?」
「そうだけど」
「年下なんだ」
「ええ?」
今年25歳になると言うと、彼女は急に焦り始めた。
「やだ、同い年か下だと思ってました。すみません」
童顔だとよく言われるし、自分でもわかっている。実年齢より3・4歳上に見える彼女とは対照的だ。
「いえ、いや、気にしないでいいから。敬語いらないから」
せっかく彼女と打ち解けかけているのに、敬語なんかでまた壁を作りたくなかった。
でも、と彼女が言いかけた時、ざあっという水音が唐突に聞こえた。
窓の外を見ると、大粒の雨が景色をかすませる勢いで降っている。
「あちゃあ」というつぶやきに振り返ると、彼女が頬に手を当てて顔をしかめていた。予報では午前中に天気が崩れると言われていたが、
「もうちょっと後で降ると思ったんだけどな」
彼女はいつも通りカバンの類も、そして傘も持っていない。
「ビニール傘、買えば」
「え、ああ、でもこういう傘って普段使わないから、もったいなくて」
「じゃ、これ使って」
と持っていた傘を渡した。施設の置き傘、というか誰かの置き忘れを借りてきたものだ。
「返すのいつでも、いや返さなくていいから。じゃ」
「え、ちょっ、そんなの」
「家近いし走るから!」
呼び止める彼女に叫んで、逃げるように外へ出た。
徒歩10分の駅に着いたら、ずぶ濡れで20分電車に揺られなければならない。確実に風邪を引くだろう。
早くも熱が出てきた感覚だが、気分はとても晴れやかだった。
作品名:恋愛風景(第1話~第7話+α) 作家名:まつやちかこ