恋愛風景(第1話~第7話+α)
3.キャンプとアイスと夜の闇:Twitterお題シリーズ.1
(Twitter診断ツール「恋愛お題ったー」によるお題:10.8.4分
⇒「夜の浴室」で登場人物が「笑い合う」、
「アイス」という単語を使ったお話を考えて下さい。」)
校外学習で来た青少年キャンプ施設の広い浴室。
窓はあるけど、電気を消せば夜だから当然暗い。小さい月の明かりだけが差し込み、時折かすかに聞こえるのは葉ずれの音と池にいるカエルの声。
そんな中に今、私は閉じ込められている。
さっきまで一緒に掃除をしていた、同じクラスのこいつと二人で。
「ま、しょうがないよな」
けろっとして言う顔を、軽くつねった。
奴とは喧嘩友達。高校生にもなってどうかと思うけど事実だからしょうがない。
つねったり小突いたりはたいたり、もちろん加減しながらだけど、しょっちゅうしている。
頬をさすりながら「寝る前に点呼あるだろうし、誰か気づくだろ」と奴は続ける。
「……けど、怒られないかな」
つい不安を口にする。
掃除を終えて出る前に、戸締りとか確認しておこうと思って引き返した。
何十もの蛇口を閉め直している時に電気が消されて、ちょっと焦って扉に駆け寄ったら鍵も閉まっていた。呆然としていたら、空っぽの浴槽の中から奴が現れて、仰天した。
『な、なんでいんのよ』
『女子少ないからって手伝わされて。「あれ、あいついなくない?」って言われてから驚かそうと思ってたのに』
『呑気なこと言ってんじゃないわよ』
『いいじゃん別に』
『よくない!』
ひとしきりそんなやり取りをして今に至る。
だからこの状況はあくまでも不可抗力なのだけど。
「まぁそう後ろ向きになるなって。こういう時は前向きでないと。なんか楽しいこと考えよ」
「……たとえば?」
「えーと。あーそうだ、アイス」
「アイス?」
「宿泊所のさ、事務室の奥に冷蔵庫あるだろ。あそこに班の人数分隠してんの。クーラーボックスで手分けして持ってきて」
「ええ?」
奴の行動班が揃いも揃って曲者なのは知っている。しかしそこまでするとは。
「先輩に教わったんだよ、案外見つからないからって。消灯の後で取りに行って、外で食おうと思ってたのになぁ」
声のトーンが心なしか落ちてきた。
「それ絶対、他の人に食べられちゃうでしょ。かえって空しくない?」
奴が珍しく落ち込み気味なのがおかしくて、笑いながら言ってやる。そしたら奴も困ったような声で笑った。
いつもと違う笑い方、いつもと違う場所、いつもと違う雰囲気。
わずかな明かりの中に浮かぶ姿が知らない男子のように見えて、笑い合いながら、急にドキドキしてきた。
「もし朝まで気づかれなかったら困るなあ」
ドキドキに自分で戸惑う。目をそらして、少し声を大きくする。
「こんなとこじゃ寝るに寝れないし、二人っきりなんて」
「なに、俺と一緒にいんの嫌なの」
「……そうじゃなくて。変な噂になっちゃったら、困るでしょ」
ジャージの膝を抱える手に力が入った。
水気を取って乾いたタイルはほのかに冷たい。
たとえ私が気にしなくても奴には迷惑に違いない、と思うとなぜか胸が少し痛くて、足元が冷える心地がした。
じわじわと積もる沈黙が、ふいに破られる。
「俺は、気にしないけど。そっちは嫌かもしれないけど」
心を読まれたのかと思った。思わず振り向く。
暗い中に真剣なまなざしがはっきり見えた。
どういう意味、と蚊の鳴くような声で聞くのが精一杯だ。
「――さあ」
それだけで顔をそむけて、何も言わない。
頬が熱い。けれど足元は冷たくて体が震えてくる。
腕をさすり膝の上で握りしめた手が、横から伸びてきた大きな手に包まれた。
……あたたかかった。
作品名:恋愛風景(第1話~第7話+α) 作家名:まつやちかこ