私のやんごとなき王子様 波江編
「あ、こひな――」
風名君がこちらを向いて何か言いかけたその時、
「先輩! 良かったら途中まで一緒に帰りませんか?」
潤君から可愛くお誘いを受けてしまった。
「もちろんだよ、潤君。私、舞台なんて初めてだから色々聞きたい事があるし。えっと、風名君?」
「あ、いや――なんでもない。じゃあな! 小日向、明日から頑張ろうな!」
「うんっ!」
私は元気に頷いた。風名君が何を言いかけたのか少し気になるけど……。でもきっと合宿頑張ろう! っていう事が言いたかっただけだよね。
こうして私は潤君と並んで下校した。
「僕、オデット役には先輩を書いたんですよー」
帰り道で潤君にそんな事を言われた。
私は思わず笑ってしまった。だって私がオデットになんてなれるわけがないもの。でもそんな風に思ってくれた潤君の気持ちが少しだけ嬉しくて。
弾むような気持ちで、私は帰宅する事が出来た。
*****
家に帰ってからの私は、ぼんやりとして夢の中にいるような気分だった。
一日がこんなに長くて濃いと感じたのは初めてかもしれない。
明日からの合宿――本格的な舞台になんて初めて立つ私は、不安で不安で正直たまらなかった。もちろん、友人Cなんていう役はセリフも殆どない。けれどあんな美人に囲まれて舞台に立つ事自体が、既に相当な精神力を要するのだ。不安な気持ちに心を支配されてしまって、なんだかボーっとしてしまう。
作品名:私のやんごとなき王子様 波江編 作家名:有馬音文