兄の思い
何か嫌な予感がしていた。
最近妙に永が機嫌がよくて、正伸が俺を避けるようにしていたから。
そんな二人を見て、何かあったのだろうとは思っていたさ。
いたけれど……俺の前でかしこまっている二人を見ても俺には嫌な予感しか感じない。
「……で、俺に話って何だ?」
じっと俺から目を逸らそうとした正伸を睨み付けながらゆっくりと口を開くと、正伸は静かにため息をついてから俺と目を合わせた。
「……いや……お前に話さなくちゃならないことがあるんだけどな……」
そこまで言ってから、正伸はまた口を閉ざす。
いい加減話せよと俺は心の中で叫んだ。
実はさっきからこのやり取りを何度か繰り返しているのだ。
俺が話の内容を聞こうとすると、正信が言いかけて言葉を濁すといったことがずっと続いていて……。
こいつはいつもは自分の意見をしっかりと言う。
どれくらいしっかりと言うかというと、そばにいて思わずおいおいと突っ込みを入れたくなるようなことまで相手に向かって言うようなやつで。
俺にだって言いにくいようなことまできっぱりと言い切る。
そんなやつなのに今日に限っては思い切り言葉を詰まらせていて……。
やつの隣にちょこんと座っている永は正伸の様子を心配そうに見つめている。
その永の視線を見て、俺は思わず立ち上がった。
嫌な予感がしてたはずだ。
永の視線をよく見れば、正伸のやつが何を言おうとしてるのかが一目瞭然じゃねぇか。
「正伸の分際で、可愛い永に手を出しやがって!!」
俺はそう言いながら椅子から勢いよく立ち上がり、自分の向かい側に座ったままの正伸の首に手を伸ばし、その首を思い切り絞め上げた。
死のうが何しようが知ったことじゃない。
俺の可愛い永に手を出したとわかれば、手加減をしようなんて考えはまったく浮かばなかった。
力を込めて更に首を締め上げようとしたが、その俺の手に正伸とは違う手が添えられ、俺の手を引き剥がそうとする。
なんだと思ってその手の主を見るとその主は正伸にいた永だった。
その永は俺の手を押さえつけながら、俺の顔を睨みつけてきた。
「正伸さんに手を出したら、兄ちゃんのこと嫌いになるからね」
睨みつけながら、そう俺に告げる。
その言葉を聞いて、俺は正伸の首を絞めていた手をそのまま自分の方へと引っ込めた。
……永に嫌われる……。
永に手を出された怒りよりも永に嫌われることの方がはるかに俺にとっては痛い。
だけど……俺より正伸の方が大事なのか……。
俺はそう心の中で呟いてからそのままがっくりと肩を落とした。