至高の一杯
途方も無く長い道のりに死ぬことも考えた。だがそう簡単に死にたくは無い。死ぬか働くか。答えは簡単だ。
そうして俺は朝から晩まで働くことを選んだ。だがその生活は並大抵の苦労ではなかった。休みもほとんど無く働き続け、毎日ゾンビのようになりながら仕事をし、三畳一間の安アパートで朝まで死んだように眠る。
体も数ヶ月で痩せこけ、顔には死相が出るようになり、頭には不恰好な若白髪が目立つようになった。
一度は思いとどまった死への願望も次第に頭をもたげるようになり、意識して頭から追いやらないと、どうやって死ぬかということを無意識のうちに考える。
そんな俺が自殺するということを考えなくなったのはビールのおかげだった。
そのころになると借金の返済もちょっとずつ進み、ほんの少しの余裕も出るようになっていた。その金でビールを買えるようになったのだ。
しかしビールを買ってもただ飲むわけじゃない。それだと地獄のような日々を乗り切ることはできなかっただろう。その俺の飲み方が次のようなやり方だ。
まずビールを買い冷蔵庫に入れておく。だがその日はまだ飲まない。
次の日、死ぬ思いをして働き、すぐにでも家に帰りたいと思うが、それを押さえつけ銭湯による。
シャワーで体を洗った後、風呂に入らずサウナに入る。そこで体中の水分が抜けるのではないと思うくらいに汗を流した後、ふらふらになりながら家へと帰る。その姿を傍から見れば妖怪のように見えたことだろう。
家に着きビールを一気飲みしたいところだが、ここで最後の一手間を加える。バケツに氷水をはり、塩を入れ温度を下げる。そこに冷蔵庫で冷え切った缶ビールを突っ込みさらに冷やす。じっくり、じっくりと。一度や二度くらい変わらないとは思うがこの我慢こそが一番のポイントだ。
そして完全に冷え切ったところで缶ビールを取り出す。あまりに冷えっぷりに持っている手が痛くなるほどだ。
ふたを開ける。つばを飲み込む。そこからビールを一気に口に流し込む。
一口目には体が乾燥ワカメを水で戻したように生気がみなぎり、二口目には頭に電流が流れたような感覚に陥る。三口目には手足の疲れが吹っ飛び、四口目には快感にも近い物が体中を駆け巡る。そして五口目に飲み終わり、床に大の字に倒れる。
ただ旨いといった言葉では表せない。そのあまりの感覚に天国に吹っ飛ばされたような気分になる。そして半ばトリップした状態のまま眠りにつく。
当時はこの至高の一杯があると思えばこそ毎日を生き延びることができた。
今では借金をとっくに返済しているのだが、この一杯を味わうためにわざわざ毎日死ぬ思いをして働いている。