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現実二重世界

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1.現実二重世界、すなわち誰もが一人では生きていけない世界




「でもさ、アナザーがいないって寂しくないのかな?」
「さあ。俺はシングルじゃないからわからないね」

 学校で、思った疑問を口に出すと、クラスメイトの栄華はあまりにも冷静な答えをくれた。

 彼は『エイガ』という人格名だが、身体は女性のものである。だから、彼らの主人格として認定されているのは、栄華のアナザーである綾香だ。周期の関係で、私は綾香には会ったことがない。綾香は里奈の友達だ。

 主人格とか副人格という分類は差別だと思う。栄華のアイデンティティの否定だ。たしかに、一つの人格が出ている時間が大幅に長くて、もう一つはときどきしか出てこない人格というのなら仕方ない。けれど、栄華と綾香は私たちと同じように対等な関係なのだ。私は栄華の友達だから、どうしても贔屓したい。

「里奈がいなかったら、シングルだったら、私、生きられない」

 人格の周期が同じだから、他人にしては、栄華と過ごす時間は長い。けれど、同じ身体を共有して、他の人が踏み込めないところで悩みも痛みも全てを分かち合えるのはアナザーだけだ。親とも兄弟とも友達とも違う。

 たとえば近い将来、藍は雲の上の人になってしまう。会えなくなる。けれど、里奈はずっと私と一緒に在る。

 面と向かって話を出来ない、なんていうことは問題にならない。現代にはそれを埋めるだけの情報機器がある。声を音声に姿を写真に体験を文章にして、いくらでも保存できる。送信できる。共有できる。交流する。話題を探す。私はそれに一日の大半を費やしている。

 むしろ里奈はこの胸に眠っているんだ、一緒にいるんだと思うことは、温かくて力強い。ダブルはみんなそうなのだ。そういうものなのだ。ここにはいない相方を思うことに忙しい。

 ちなみに、中には頭の中でアナザーと会話ができたりする人もいるらしいけど、それはシングル並に稀な存在だ。

 そんな、誰もが持っている『特別な存在』を持っていない藍はどんな気持ちなんだろう、と考える。今日も次の日もその次の日もずっと一人で生きるだなんて、私なら耐えられない。何を拠り所にして生きていくの? 悩んだり傷ついたりしたら、どうするの?

 私は栄華の顔を覗き込んで、尋ねた。

「栄華は綾香ちゃんがいなくなってもいいっていうの?」
「そんなこと言ってないだろ」
「でしょう?」
「奈子たちの仲とはまた違うかもしれないけどね」
「違う?」

 するりと間になにか主張を忍ばせた栄華を、私は訝しむ。わざわざ差異を示すことに意味があるだろうか。なにか、距離を置かれることで否定されたような気がした。そんな不安を汲み取ったのか、栄華はすぐにフォローした。

「俺は聞き役だから。あんまりこっちのことは話さない」
「ああ、それっぽい」

 今も私の話を聞いてくれている、栄華は聞き上手なのだ。私と里奈は、それぞれ同じくらい喋って盛り上がるから、それとは交流の仕方が少し違うと言われて理解できる。

 栄華と綾香ちゃんの会話はどんなふうなんだろう?
 知りたくなるけど、それは二人の領域だから私には知りえない。

 私だって、栄華に里奈のことを話たりするけど、紹介したりはしない。やはりそれぞれの縄張りのようなものがある。心の奥底まで踏み込まれるのは感じが悪い。

「このへんにしておこう。そろそろ授業始めなきゃ。奈子、次の授業何?」
「遺伝子工学。たしかテーマは『人格分離と遺伝子の関係』だったかな。栄華は?」
「応用物理のレポート考察。三時間もあるんだぜ」
「ご愁傷様。私も明日は五時間の授業があるよ」

 いくら平均寿命が延びて老化が緩やかになったとはいえ、遺伝子操作を繰り返されたことによって平均知能が急激に上昇したとはいえ、ダブルはシングルに比べて人生の絶対時間が約半分だ。すなわち、学ぶ時間も半分である。人格分離の症状が広がったとき、問題視されたのは教育に要する時間だった。

 そこで、私たちは就学したときに適性テストというものを受ける。その結果によって、職業適性や学ぶべき学問を決められるのだ。逆に各々に必要ないとされる知識は本当に最低限しか持たない。

 幅広い知識を持つのはシングルの役目だ。専門的と総合的の差別がある。私たちダブルの持つ知識や技術はジグソーパズルのピースのように断片的で、それ繋ぎ合わせるのがシングル。云わば神様みたいな役目だと思う。

 適性テストの結果は毎年更新されて、より細かいものになっていく。私は大雑把に分類すれば生物系学者コースだし、栄華は物理系技術者コースだ。ダブルとしては、ランクが高いほうで、比較的エリートに分類される。

 授業は、個人で必要なものを持って教室に入って、コンピュータなどの機器を中央機関に繋いで通信で受ける。クラスメイトと言っても教室が同じというだけで同じ授業を受けているわけではないのだ。

 管理されることに抵抗はなかった。それが当然だったからだ。パズルのピースは独りでに動けない。裏表のアナザーさえいれば、それで満足できる。

『誰もが一人では生きられない世界になった』という評論文を見て、それの何が悪いの、と思った。支え合わなくては不安でたまらない。支えあえばいいじゃない。一人は寂しいじゃない。シングルは寂しいじゃない。

作品名:現実二重世界 作家名:秋月