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Christmas Carol Nightmare

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第五夜


 今更思い出しても間に合いません。日野は、坂上との約束を破ってしまったのです。
 坂上は覚えていたでしょうか。きっと覚えていたでしょう。日野が忘れている様子なのを見て、自分からは言い出せなかったに違いありません。どう思ったでしょうか。傷ついたでしょうか。しかたがないと諦めてしまったでしょうか。
 熱に魘され、看病する人もなく、ひとりきりで床に臥せっている坂上を想像すると、胸がちくりと痛みます。
 
 落ち込む日野を置いて福沢は去って行き、やがて再び零時になりました。現れたのは、長い髪の美しい女です。
 
「お前が五番目か」
「ええ。岩下明美よ」
「どうせ見せてもらうなら、クリスマスの坂上の様子が見たい。できるか?」
「あら、リクエストしてくれなくても、はじめからそのつもりだわ」
 
 岩下は聖母のように微笑むと、日野の額に触れました。淡いブルーの優しい光が、ふたりを包みます。
 日野は、いつか見た名作アニメのラストシーンのように、小さな天使達が舞い降りてくるのを見たような気がしました。
 
 ピンポーン……
 
 暗い玄関に、チャイムの音が響きます。
 しばらくして、ふらつく影が現れました。坂上です。
 日野は思わず支えてやりたくなりましたが、幻影のような彼に触れることはできません。
 
 やがて玄関に辿り着いた坂上が鍵を開けると、扉の向こうにはマスクで口元を覆い、コートを着込んだ男が立っていました。
 坂上の風邪がうつらないように対策したわけでも、彼自身が風邪をひいているわけでもありません。それが彼の通常のスタイルなのです。
 彼の訪問が意外だったのか、坂上は目を丸くします。
 
「あ、綾小路さん?」
 
 ──綾小路行人。日野と同じく三年生で、大川大介と付き合っていると噂の美少年です。どういうわけか坂上と親しく、日野は綾小路は大川ではなく坂上を好きなのではないかと疑っていました。
 
「大丈夫か?君が風邪を引いたと聞いて見舞いに来たんだ」
 
 よほど急いでいたようで、綾小路の呼吸はひどく乱れています。肩を上下させてはあはあ息を吐く様は、一歩間違うと変質者のようでした。
 
「あ……、ありがとうございます。でも、うつるといけませんから、もうお帰りになったほうが……」
「嫌だ」
「えぇっ!?」
 
 坂上は遠慮しますが、綾小路は聞き分けの悪い子供のように憮然とした表情で坂上家に強引に上がり込みます。
 
「あの、綾小路さん……」
「ご家族が帰ってくるまで、そばにいる。ところで晩御飯はもう食べたのか?」
「い、いえ……さっきまで寝てましたから」
「じゃあ、横になって待っていてくれ。今、準備するから」
「え?準備って……」
「そんな不安そうな顔をしないでくれ。僕だって、お粥くらいは作れる」
 
 坂上は渋々引き下がり、ベッドに潜り込みます。その間に綾小路はキッチンに入り、あれこれ支度をはじめました。
 
 
「……坂上君は独りではないわ。貴方が約束を忘れていても、ちゃんと看病に来てくれる人がいたの。だから安心するのね」
 
 岩下が優しく囁きます。
 そうです、坂上がひとりぼっちでないのなら、それでいい筈です。
 それなのに何故、胸がムカムカするのでしょう。息が詰まるのでしょう。
 ──それはきっと、坂上の隣にいるのが自分ではないからです。穏やかな表情で坂上に粥を食べさせているのが、他の男だからです。
 
「おいしいです……」
「それはよかった。本当はケーキも一緒に食べたかったが、今は辛いだろう?」
「そうですね。食欲があまりなくて……」
「じゃあ、アイスはどうだ?」
「それなら……」
「実は買ってきてあるんだ。今、持ってくる」
 
 空になった器を持って、綾小路はキッチンに向かい、冷凍からアイスを取り出すと、再び坂上の部屋に戻ってきました。
 
「ほら、口を開けて」
 
 かいがいしく世話をする綾小路にとまどいながらも、坂上はしあわせそうです。
 
 
 自分が約束を守る必要はなかったのだ──日野はそう思うと、胸にぽっかり穴が開いたような気がしました。
 誰かに必要とされたい、と思ったのは、神田以外ではこれがはじめてのことです。
 そして、自分は誰にも必要とされていないのではないかと不安になったのは、生まれてはじめてのことでした。
 人を人と思わずに切り捨ててきた、これは報いなのでしょうか。
 
「そういえば、この寒空の下、日野にお使いを頼まれたせいで風邪を引いたって聞いたが……」
「いえ、僕がちゃんと上着を着込まなかったからなんです。日野先輩はそれに気付いて、上着を持ってスーパーまで迎えに来てくれたんですよ」
 
 唐突に自分の名が話題に上り、日野はどきりとします。
 
「……それでも、後輩をパシリ扱いするのは感心しないな。君だって、日野の横暴に辟易することはあるだろう?」
「あはは……実は、時々」
 
 坂上の態度は控えめでしたが、自分に対する不満を感じさせるその発言に、日野は大きなショックを受けました。
 
「さあ、帰りましょう。私の役目はこれで終わりよ」
 
 こんな事実は知りたくなかった……。
 
 岩下のいなくなった部室で、日野は自分がひとりぼっちで世界に取り残されてしまったような寂しさを感じました。
作品名:Christmas Carol Nightmare 作家名:_ 消