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Christmas Carol Nightmare

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第四夜


 自分はおかしい、という自覚はありました。
 神田のことになると頭に血がのぼり、前後の記憶が飛んでいる、ということもしばしばでした。
 しかしそれは、自分ではどうすることもできないことでした。
 
 
 神田を殺して以来、日野はいっそう心を閉ざしてしまいました。
 人を好きになり、拒絶されることがこんなにも辛いことならば、もう一生人を好きになったりしない。誰にも心を明け渡さない──そう自分に言い聞かせ、笑顔の仮面で武装していたのです。
 
 
 神田の声が、まだ耳に残っています。頬を伝う涙が顎の先から垂れ落ち、緩く握った拳を濡らしました。
 風間の姿はいつのまにか消え、時計は四度目の零時を示しています。
 
「あの、こんばんは?いま、大丈夫ですか~?」 
 
 陰欝な雰囲気をブチ壊すように、机の下からひょこりと顔を出した少女は、無邪気に首を傾げました。
 
「……お前が、四人目の幽霊か」
「そうでーす!福沢玲子って言います!」
 
 見るからに年下の少女の前とはいえ、今更涙を拭う気にもなれません。日野は「そうか」と呟いて、福沢の手に軽く触れました。
 
「え?」
「こうしないと、連れて行けないんだろ?早くしてくれ」
 
 これ以上悲しいことなどないような気がしましたが、どうせ今夜もろくでもないものを見せられるのでしょう。ならば、さっさとすべて済ませてしまいたいと思ったのです。
 
「はーい。じゃあ、遠慮なくいきますよ?」
 
 福沢はニッコリ笑うと、明るいオレンジの光を放ちました。それはまるでカメラのフラッシュのように日野の眼を灼き、残像が消える頃には、雨の通学路が目の前にありました。
 
「ここは……いつだ?」
「あれ?覚えてませんか?今年の梅雨ですよ」
 
 ならば、神田と朝比奈を殺して間もない頃です。でも、一体ここで何があったのか、どうしても思い出せません。
 
「ほら、日野さん達が来ましたよ?」
 
 福沢が示す先には、紺色と水色、ふたつの傘が並んでいました。
 
「あれは……」
 
 日野はようやく気付きました。
 六月の半ばに、後輩の坂上と一緒に帰ったことがあったのです。
 でも、坂上と帰りを共にするのは珍しいことではありません。この時は、どんな会話を交わしたでしょうか。記憶を辿ってみても、さっぱりわかりませんでした。
 
 
「そういえば、お前の親御さんは何をしている人なんだ?」
 
 雨音に紛れるように、自分の声が聞こえます。
 確かに、そんな質問をしたことがありました。それに坂上は、こう答えたのです。
 
「母さんは、小さな会社の事務をしています。父さんは……普通の会社員でした」
「でした?今は違うのか?」
「……亡くなったんです。僕が中学に入る少し前でした。交通事故で……」
「そうか……それは悪いことを聞いたな」
「いえ、気にしないでください」
 
 坂上の事情を聞きながら、日野は自分の両親のことを思い浮かべました。
 彼らは健在ですが、最近は滅多に家に帰らず、どうやらふたりとも外に恋人がいるようでした。愛がないのならさっさと離婚してしまえばいいものを、彼らはいっこうに別れようとしないのです。それどころか、たまに家族が揃う時には、仲睦まじい円満な夫婦を演じていました。
 
「しかしそれじゃあお前、家に帰っても誰もいないんだろ。寂しくないか?」
 
 いつものように坂上の頭を掻き回すと、坂上は少し拗ねたように口を尖らせます。
 
「子供じゃないんですから、平気です。でも……」
「でも?」
「誕生日やクリスマスを家族と過ごせないのは、やっぱりちょっと辛いです」
「……そうだな」
 
 日野は、幼い頃の孤独なクリスマスを思い出しました。そして、何度か神田と過ごした聖夜のことも。
 
「……なら、今年のクリスマスは俺が一緒にいてやろうか?」
「え?」
 
 それは、同情だったのでしょうか。本当に何気なく呟いた言葉でした。
 
「いいんですか!?……恋人と過ごすんじゃ……」
「今年のクリスマスといったら、俺は受験勉強の真っ只中だぞ。恋人なんかいるわけないだろ」
「だったらなおさら、僕なんかと過ごすより、勉強した方が……」
「なんだお前、俺とクリスマスを過ごすのは、そんなに嫌なのか」
「そ、そんなことないです!すごく嬉しいですよ!……楽しみに、してますね」
 
 そう言ってはにかむ坂上の横顔が本心から嬉しそうに見えて、日野はつられたように口元を綻ばせました。
 
「ああ、約束な」
 
 念を押すように緩く絡ませた小指。
 
 何故、すっかり忘れていたのでしょう──自分から言い出したことだったのに。
 本当は、覚えていました。ただ、果たしたくなかったのです。先輩と後輩という以上に坂上の内面に踏み込むことが、怖かったのです。
 坂上の言動に揺れ動く己の心を、認めたくなかったのです。
 
 
「好きって気持ちは、コントロールできるものじゃないんですよ、日野さん」
 
 福沢の一言に反論することも忘れて、日野はぼんやりとふたつの傘を見送りました。
作品名:Christmas Carol Nightmare 作家名:_ 消