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Christmas Carol Nightmare

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第三夜


 いつの間に眠っていたのでしょうか。目が覚めた時には、また時計の針が二周していました。
 
「やあ、お目覚めかい?」
 
 急に声をかけられぎょっとします。そちらを見れば、背の高い男が机の上に乗って偉そうに脚を組んでいました。
 黒衣をまとっているということは、彼が第三の幽霊に違いありません。
 
「僕は風間望。察しの通り、君に有り難い贈り物を届けに来た三番目の幽霊さ。ところで、あたたかい飲物でもいれて僕をもてなしてくれようとは思わないのかい?」
 
 聞いてもいないのに勝手に名乗った幽霊は、「部室が狭い」だの「寒い」だの、文句を言いたい放題です。
 日野はすべてスルーしました。
 
「用があるなら、とっとと済ませてくれ」
「せっかちな奴だな、そんなことじゃ女の子にモテないぞ。……おっと、君は男が好きなんだったね。ははは、これは失敬」
 
 言うこと為すこと、いちいち癇にさわる幽霊です。
 日野は、ジロリと風間を睨みつけました。
 
「おお、怖い。じゃあ、早速案内するよ。ほら」
「何だ?」
「手を出したまえ。僕だって男なんかと手を繋ぎたくはないんだけどね、こうしないと連れていけないから仕方ないのさ」
「……」
 
 こいつが幽霊じゃなかったら俺が殺している、と日野は思いました。
 
 風間を包む緑色の光が、まるでオーロラのように部室に漂います。まばゆいばかりの輝きが何度も波打ち、やがて舞台の幕が開くように引いていくと──そこは、鳴神学園の旧校舎でした。
 
「お前、また二股かけてたんだって?その頬はどっちに殴られたんだよ」
「……二股じゃない。向こうが勝手に勘違いしていたんだ……」
「なお悪いじゃないか。誤解させるような事を、お前がしたんだろ」
 
 古びた教室の片隅から、ひそひそと話し声が聞こえてきます。
 誰が開けたのか、窓の外から風が運んできたのは、淡い色の花びらと春の匂いでした。
 
「……日野」
「ん?」
「去年の秋に俺に告白してきた子、覚えてるか?」
「……さあ、お前に告白する女なんて、星の数ほどいるからな。いちいち覚えてないよ」
「とにかく、その子がな、年明けに行方不明になって……昨日、遺体になって発見されたそうだ」
「……」
「その子だけじゃないんだ。俺が関わった女の子の半数以上が、失踪したり事故に巻き込まれたり自殺したりしてる。一部では俺と付き合ったら死ぬ、なんて噂も流れてるんだよ」
「そうなのか?そりゃ、初耳だな」
 
 忘れもしない、高校二年最後の日。日野は神田に誘われるまま立入禁止の旧校舎に忍び込み、そこで思わぬ表情を向けられました。
 
 
「おい……」
 
 過去の自分達から目を背け、日野は風間の袖を引きます。しかし風間は日野をちらりと一瞥したものの、何も言わずに視線を戻しました。
 
 【彼ら】の会話はなお続きます。
 
「知らなかった?よくそんなことが言えるな。俺は、見たんだよ。
先月……ヴァレンタインに、お前が俺の下駄箱を勝手に開けて、中に入っていたチョコレートのメッセージカードを盗み見ていたのを」
「……」
「名前を書いていた子達は、今日までに散々な目に遭っていたよな。
階段から突き落とされて骨折したり……野良犬に噛まれて病気になったり……」
 
 椅子に腰掛けていた神田は、そこで立ち上がり、彼に背を向けて外を眺めている日野の肩を掴みます。爪が食い込みそうなほどの力で振り向かせ、合わせた瞳は怒りに燃えていました。
 
「全部、お前が関わってるんだろ。何であんなことをするんだよ!?」
「……から、だ……」
「え?」
 
「お前が好きだから、お前に近づく奴がみんな憎かったんだ!」
 
 神田の手が瞬間的に離れ、目が逸らされます。
 
「愛してる……俺にはお前だけなんだよ、神田……」
「それ以上言うな!」
 
 伸ばした手は振り払われ、鋭い声が胸を裂きます。
 それは、明確な拒絶でした。
 
 
「もう、やめてくれ……俺にこんなものを見せないでくれ」
 
 何故、一番辛い場面を繰り返さなければならないのか。
 弱々しく訴える日野の顔を、風間は強引に上向かせました。
 
「目を逸らすんじゃない。これが現実だよ」
 
 
 神田に手を振り払われた日野は、傷ついた表情で彼をみつめます。
 
「どうして……俺が、男だからか……?」
「違う。そういうことじゃない」
「いや、俺に胸があって余計なものがついていなかったら、お前はそんな態度はしない筈……」
 
「たとえお前が女でも!」
 
 神田の手が拳を作り、脚が歪んでガタついた机に打ち付けられました。耳障りな音が春の静寂を掻き乱します。

 
「俺が女でも……今のお前を好きにはならない!」
 
 
 神田ひとりに捧げた純粋過ぎる想いは理解されず、日野は絶望の淵に追いやられました。
 もはや神田はあの慕わしい笑顔を向けてはくれないでしょう。それどころか目も合わせないでしょう。
 それは日野にとって、世界が終わったも同じことでした。
 
 日野はそれからしばらくして、神田を電話で呼び出しました。最後の情けかそれに応じた神田に睡眠薬を飲ませ、深夜の線路上に置き去りにしたのです。
 
 ──それを、朝比奈に見られていたのでした。
作品名:Christmas Carol Nightmare 作家名:_ 消