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煉獄

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 もしかしたら、最初からどこかで気付いていたのかもしれない。
 推理なんて大それたものでは決してなく、ただ、本能で。
 
 控えめな態度や生真面目さ、時折垣間見る影、はかなげな笑顔──。
 それらすべてが、今にも脆く壊れてしまいそうで、軽々しく触れてはならないような気にさせた。
 
 意識的に考えていたわけじゃない。それでも、他の友人達に対するものとは違う接し方をしていた。
 
 守ってやりたい。あいつを傷つけようとするすべてのものから。
 そしてあいつが抱えている闇の正体を知りたい。できることならばこの手でそれを取り除いてやりたい。
 
 いつしか、当たり前のように願っていた。
 
 ──だけど、あいつの視線の先にはいつだってあの人がいて。
 
 あの人の隣で安心しきったように緊張を解くあいつをみかけるたびに、俺の出る幕など無いような気がしていた。
 
 
 
 
 
 入学して間もなく、斉藤はクラスメイトの坂上修一と親しくなった。彼以外にも言葉を交わす友人は何人か出来たが、一番気が合うと感じるのは坂上だった。
 
「お前、今日は弁当?一緒に食おうぜ」
 
 当然の流れで共に過ごそうと誘った初日の昼休み、しかし坂上は申し訳なさそうに頭を下げた。
 
「ごめん、お昼は昭……幼なじみの先輩と食べる約束だから」
 
「おい、坂上ってお前だよな?二年の先輩が呼んでるぜ」
「ああ、うん。それじゃ斉藤、ホントにごめん!」
 
 絶妙のタイミングでやってきた【幼なじみの先輩】とやらは、坂上が慌てて駆け寄ると、陰気な表情を一変させ、いとおしげに微笑みかける。
 
「……?」
 
 僅かに覚えた違和感。
 いくら仲がよくても、同性の幼なじみ相手にあんな表情を向けるなんて妙だ。
 だがその時はすぐに忘れてしまった。
 
 
 大人しく目立たないタイプに思えた坂上の特異性は、日に日に際立っていった。
 
「え?お前、体育出ないの?」
「うん、昔から身体が弱くて、激しい運動は控えるように言われてるんだ」
 
 体育の時間には制服のまま見学している寂しそうな姿が。
 そしてトイレではいつも脇目もふらず真っ直ぐ個室に入っていく。
 
「お前、何でいつも個室に入るんだ?洋式ってやりにくくねぇ?」
 
 一度気になって尋ねると、坂上は気恥ずかしそうに俯いた。
 
「……洋式で慣れてるからかな。人前でするのって、何だか恥ずかしいし」
「おいおい、何処の箱入り息子だよ」
 
 風呂場で前を隠す奴と同じようなものだろうか──そう思いながらも、納得がいかずにいた。
 
 
 
「なぁ、坂上。たまには俺達と食おうぜ」
 
 一ヶ月以上経ったある日の昼休み、懲りずに誘えば坂上は少し迷ってから頷いた。
 
「じゃあ、みんなで食べないか?」
 
 坂上の提案を了承して、もうひとりの友人と共にぞろぞろとついてゆくと、【幼なじみの先輩】こと荒井昭二は複雑そうな顔を見せた。
 
「あ、荒井さん。僕のお弁当にアスパラが入ってましたよ。食べませんか?」
「坂上君のおかずが足りなくなりませんか?」
 
 幼なじみだというのに、学校ではお互いを姓で呼び合い、いつも敬語でやりとりするふたりを眺めていると、斉藤は何故か胸に引っ掛かりを感じた。
 どんなに坂上との距離が近づいても、荒井には敵わない事が悔しいのだろうか。そんな嫉妬めいた感情を友人に抱くなんて、自分はおかしいんじゃないか。
 しかしそれ以上におかしいのは、荒井と坂上の関係だ。
 
 
 五月の終わりに、斉藤は手を繋いで帰るふたりを目撃してしまった。
 ぴったりと寄り添って緩やかに歩いていくその後ろ姿は、周囲から隔絶されたように静謐で、ある種の厳かささえ感じさせた。
 
 そして唐突にさとったのだ。
 ああ、そうだったのか。それならば、と。
 
 
「荒井先輩、坂上は本当は、女なんじゃないすか?」
 
 疑問系を用いながら確信していた。
 それを読み取ったのか、荒井は浅く溜息をついて肯定し、斉藤の疑問に躊躇わず答え、事情を明かした。
 
「どうしてそんなことまで話してくれるんですか?」
 
 自分が荒井の立場なら警戒して話さないだろう。だからこそ荒井の態度が不思議でならなかった。
 
「予防策ですよ。貴方は【彼】を好いている、それも恋愛の対象として。そんな貴方が【彼】の事情を知らぬままでいたら、いつか【彼】を傷つけることになるかもしれない……ならば、いっそ知っていただいた方がいいですから」
 
 自嘲気味に唇を歪めて、荒井は斉藤をまっすぐに見据えた。
 
「貴方を信頼しましょう。どうか僕が傍にいられない間は、【彼】をよろしく頼みます」
作品名:煉獄 作家名:_ 消