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僕の大切な時計の話

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僕には肌身離さないものが一つある。祖父から譲り受けた古ぼけた時計がそうだ。
古い以外は何の変哲もない時計で、これと言って特徴的な部分はなにもない。
アンティーク的な価値もないし、デザイン的に素晴しいわけでもない。デザイン云々は正直素人なので解らないが、うん、別にどうってことないものだと思う。

僕はそれを気にいっていた。針が止まらないからだ。
時計に嫌われているのか、何故だか使う時計という時計がすぐに壊れるか、電池が切れてしまうのだ。もうこれは病気だと弟が言っていた記憶がある。正直頷いてしまう程相性が悪いのだ。何をしたわけでもないのに。まあ、少し扱いが乱暴だった事は、認めるが。
だけどこの時計は決して止まらなかった。いくら落とそうがいくら水をかけようが決して止まらないのだ。元の持ち主のように根性のあるやつである。

僕はそれを大切にしていた。祖父から貰ったものだからだ。
だからと言って形見なんて大層なものじゃなくて、きっと気まぐれでくれたのだろうと思う。あの時は随分と酒瓶が空になっていた記憶もある。
それに、確かに祖父は御年八十三であるけれど、老人会や地域役員や仕事と現役バリバリで、形見なんて言えば拳骨を食らってしまうだろう。今日は確かゲートボール曜日だったはずだ。こんな暑いのによくやるなと若い部類に入る僕はいつも思う。

まあとにかく、僕はその時計をすごく気に入っていて、大切にしていたのだ。


夏の始まる気配のする七月。暑い以外は何も変わらない日だった。
時間を見ると正午を過ぎる頃だった。勿論その時計でだ。少し寝過ぎた、とまだ寝てる頭で顔を上げた。突っ伏していたせいで腕が痺れて痛かった。
図書館の一角は冷房が当たって涼しくて良い。絶好の休憩場所だ。外から入る日光は遮光カーテンである程度遮られるしとてもいい。
静かで本当、良いよなと思っていたら。携帯電話が鳴った。マナーモードだけれど机の上に置けばマナーでもなんでもない。バイブが騒音を掻き立てる。
慌てて電話にでた。メールじゃない事に驚きながら、図書館を出る準備をする。ディスプレイに映っているのは待つのが嫌いな母親の名前だった。
はいはい、急いで通話ボタンを押した。機械越しに母の声を聞く。
え? 次に出た僕の言葉は捲し立てる母には聞こえてないようだった。
じいさんが倒れた? 理解するのに反復するけど、いまいちピンとこなかった。
誰が、え、あのじいさんが? 今日はなにしにでかけたんだっけ。老人会は明日って言ってなかったか。
どうでもいい事ばかりぐるぐる回る。母の言葉は一応入ってくる。祖父行きつけの病院名、それと、正午に倒れたのよ、と。
正午、僕はその言葉にはっとした。
通話の切れた携帯電話を片手に、あの時計を探り当てる。
古ぼけた時計は先程と変わらず正午のままだ。短針と長針と、秒針までもが行儀よく重なっている。
なんだ、さっきの事か、じゃあ、急いで病院に……。正午を指す時計を眺めながらこれからどうしようか考えた。考えようとして、止まる。
急いで僕は携帯電話を見た。滅多に見ない小さなデジタル時計を見る。12という文字がどこにもない。14と40が並んでいる。
僕の顔から血の気が引いた。
携帯電話が41を示しても、僕の時計は永遠に正午だった。












「病院で走るとは何事か」

汗だくの僕を迎えたのはそんな酷い常識的なひと言だった。
付き添っていた母親と弟は心配そうに声をかけたのに、走らせた張本人はベッドの上で腕を組みふんぞり返っているのだからある意味滑稽だ。
怒ってもよさそうな場面だったが、そんな感情欠片も湧いてこないで、出てきたのはやはり安堵と、そして、何故だか、申し訳さなだった。

「じいさん」

病院着を着て、白い壁の白いベッドに居る祖父は、白髪で細身で皺だらけだ。
当たり前のことを改めて思う。
ベッドの柵に手をついた僕に、祖父はきょとんとしていた。似合わない。

「どうした」
「大丈夫か?」
「この通りぴんぴんしとる。ちょっとくらっときただけだ」
「もう年なんだから、ちょっとでもびっくりするだろみんな」
「まだ米寿も迎えとらんのに年とはなんだ」
「米寿って幾つだよ……まあ、良かった」

母親が椅子を引いてくれた。そこに腰掛けて息を吐いた僕の方がよっぽど年よりのようだ。
お、と祖父が声を上げる。目線は僕の手元だ。

「まだ持っとったんか」
「ああ、うん」
「いいぞいいぞ、物は大切にせんといかん」
「あー……でもさ」

手をあげ時計を差し出した。祖父はそれをとって、ふん、と笑う。

「止まっちゃってさ」
「止まったぐらいなんだ」

落とすように僕の掌にそれを返す。言うのもなんだが乱暴な手つきだ。隔世遺伝かしらと思わなくもない。
見た祖父は相変わらずだった。得意気だ。でも一番祖父に似合う顔なのだ。


「なおすなりすればいいんだ。お前がまだ必要なら」


当たり前の言葉に、僕も誰も、何も言えなかった。




作品名:僕の大切な時計の話 作家名:つゆや