朝をむかえて
アベル−−−−−−−調律者
うっとおしいほどの窓から差し込む太陽の光に目がくらむ。
今日もまた朝が来たらしい。
沙良はベッドの上で大きく伸びをするとひとつあくびをする。大きな口を開けて、
まるでオレンジの実が丸ごと一個入ってしまいそうなくらいに。
そして、窓の外の太陽をにらみつける。
ここまでサンサンと照らされては起きないわけにはいかないじゃない。もう少し眠っていたかった。
だが、太陽に勝てるはずもないので、起き上がり寝まきから服へと着替える。
「さて、お仕事しましょうか!」
沙良がふわり、と笑顔を浮かべ一番最初の仕事を始める。
この家に、とある事情から暮らすことになった沙良の一日の仕事はまず家主を起こすところから始まる。
広いベッドの上で、丸くなって、上からすっぽりと布団をかぶっている。
毎朝のこととはいえ、少しも布団からはみ出ている部分がない状態で寝ていることに驚くよりも、感動してしまう。
「もう…どんだけ、寒がりなの」
沙良はこんもりと盛り上がった山のできるだけてっぺんをつかむ。
「アベル、起きて!!」
べりっと布団を引きはがそうとするが、布団と仲良くしている彼はまったく起きる気配がない。
それどころか沙良の力では引きはがすことができない。
「ア・ベ・ル!!」
ぐぃっと勢いよく引っ張ると引きはがすことに成功するが、その引っ張ったままの勢いに負けて沙良は床に尻もちをついてしまう。
「っつぅ…!」
沙良が痛みに顔をしかめていることに気づかないで、不機嫌そうにベッドの上で何もない空間を見つける青年。
ぶつけただけなのにずきずきと痛む腰を手で押さえながら立ち上がる。
「やっと起きた…」
「沙良…寒い」
「今日は昨日よりもあったかいわよ」
ふわふわと寝癖のついた栗色の髪をなでて、軽く整える。
まだ覚醒していないのか、いつもの尖ったような態度ではなく、ふわふわ…というか、もふもふというか柔らかい雰囲気をまとっている。
決して口に出したりしないが、いつもこうであってくれたらいいのに、と思わないでもない。
もしくは普段の尖った態度とこの柔らかな態度を足して2で割ってあったらちょうどいいバランスになると思う。
「あったかいスープ用意するから、起きてね」
あんまりアベルにばかりかまっていると仕事がぜんぜんできなくなってしまう。
せっかく暴力的なまでに太陽が輝いているのだから、洗濯物を干したい。ふとんも干したら、きっとふわふわでお日様の香りが布団を覆い
夜眠るとき心地よく夢の世界へといざなってくれるだろう。
沙良はまだ半分眠っているアベルを置いて、寝室から出て行ってしまった。
それを見ているのかいないのか、わからないが沙良の言った『スープ』という言葉には反応を示していた。
沙良は雇い主であり、同居人であり、想い人であるアベルに言われるよりも先にくるくると動き回っている。
それは彼女が元シンデレラだから、ということだけではなくもともとの性格だろう。
沙良はもとはただの女子高生だった。
本が好きな、どこにでもいるような普通の女子高生だった。
たくさんの本を読んできたが、そのなかでも一番好きな本が幼いころから親しんできた『シンデレラ』だった。
何度も何度も、繰り返し読み、決して長くはないが、この話を丸暗記できるほどに読み続けていた。
それが理由なのかはわからない。
でも、ひとつの要因になったことは確かだろう。
物語が主軸から離れ、おとぎ話が崩壊しかけていた絵本。
崩壊寸前のお話に、大事な大事なヒロインが欠けてしまった物語のヒロインの代役として選ばれたのだ。
彼女の愛しているお伽噺『シンデレラ』の。
そうして選ばれた彼女だったが、彼女は『シンデレラ』を任されたものの王子様には恋に落ちることができなかった。
魔法使い役であり、世界中のありとあらゆる物語の調律者であるアベルに恋に落ちてしまったのだ。
ゆえに、代役を立てても物語は崩壊してしまう。
世界の崩壊を寸でのところで救ったのは本物のシンデレラだった。
この話を深く語るのはこの場ではなく、別の場所を設けたいと思う。
帰ることもできたのだが、自ら願いアベルのそばにいることにしたのだ。
拒絶をされなかったので大丈夫だろう、と沙良は判断した。
そうして、元シンデレラの少女と調律者の青年アベルの奇妙な共同生活が開始したのだ。
「アベル?ちゃんと起きてるの?」
「起きているよ…ちゃんと」
覚醒したのか鋭い視線を宿したアベルにちょっとだけ安心する。やっぱりこのほうがアベルらしい。
器にスープを盛り付け、アベルの前に差し出す。
「やけどしないように気をつけてね」
そう言うと少女はパタパタとキッチンから出て行き、くるくるとせわしなく動き回るのだろう。
二人の奇妙な関係も、生活もまだまだ続いていく。
End