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鉄のラインバレルログまとめ(森次受中心)

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休日(早瀬と森次)



※『週末』の続き



「お邪魔しまーす」

 早瀬は手にしたスーパーのビニル袋を持ち直した。

「……本ッ当になにもないんですね」
「だから言っただろう、『何もない』と」

 早瀬が石神から与えられた部屋と造りはほぼ変わらないはずだ。しかし訪れた森次の部屋はがらんとしている。もともと置いてあったベッドやテレビ以外に、森次の私物らしい私物は見当たらない。
 手にしたビニル袋を置くのも忘れて、早瀬は部屋を見渡してみた。殺風景、生活感がない、なんとでもいえる部屋だった。早瀬は思ったことを口にしてみる。

「森次さんって本当にここで暮らしているんですか?」

 昨日の今日だ、さすがに交わしたばかりの会話を早瀬が忘れるはずがない。
 昨日森次は、「JUDA本社の私室で暮らしている」と確かに言っていた。「マンションも買ったが、そちらはただの荷物置場と化している」とも。
 自宅代わりの私室でこれなのだから、物置代わりの自宅は一体どうなっているのだろう。まさか購入したままで、家具も何も揃っていないのだろうか。

「ああ」
「それにしたって生活感なさすぎでしょう。ここがこれなら、物置代わりのマンションってどんな感じなんですか」

 あまりの私物のなさ、閑散とした森次の部屋に、早瀬はここまでくると呆れて何も言えないなと思った。
 森次が物欲に薄そうなのは見た目と態度で何となく見当がついていたが、ここまでくるとどうかと思う。

「どう、と言われてもな。別に普通だ」
「でも物置代わりなんでしょう?」

 早瀬は一瞬、もしかしたら自宅の方に一切の私物があるのではと期待した。そうすれば、この私室の閑散とした様にも説明がつく。
 しかし、森次の一言でその期待もあっという間に砕かれる。

「置くほどのものもないが、一応マキナに関する資料や……あとは社長や山下から押し付けられた服くらいか」
「他には?」

 森次は顎の下に手を宛てて、大分思案した。
 考え込まなければ思い出せないものなのか。
 ありすぎて思い出しきれないのか、なさすぎて思い出せないのか。この調子でいくと、確実に後者だろう。
 このままではキリがなさそうだ。そう思って、早瀬は話題を切り上げようとした。
 しかし森次が思い出すのを放棄する方が早かった。あっさり思考を放り出し、森次は何事もなかったかのようにこう続けた。

「コーヒーでも淹れてこよう。適当に座ってくれ」

 手伝う、そう言おうとして止めた。二人分のコーヒーを淹れるのに、人手が必要だとは思えない。早瀬はおとなしく近場のソファーに腰掛けた。
 それから程なくして、二人分のマグカップを持った森次が現れた。カップも部屋の備え付けのものだろう。しっかりとJUDAのロゴが入っていた。

「インスタントだから美味いわけではないが」
「いえ、ありがとうございます」

 マグカップとともに、早瀬のコーヒーにはシュガースティックとミルクがついてきた。別になくても構わないが、あった方が嬉しいので早瀬は大人しく受け取る。
 早瀬が受け取ったマグカップはまだ大分熱かった。もちろん冷まさずに飲む、ということは出来そうになく、早瀬はマグカップから香る香気を部屋に満たすように息を吹き込んだ。

「すまない、熱かったか?」

 躊躇いなくコーヒーに口を付ける森次をみて、早瀬は少し目を見開いた。
 火傷しないのだろうか。息を吹きかけるのもぴたりと止まってしまう。

「俺、猫舌なんで……」
「そうか」
「あの、森次さん」
「なんだ?」
「熱く……ないんですか?」

 森次のマグカップからは未だ湯気が出ている。そしてそれをまた一口、こくりとゆっくり、温度を確かめるように飲み込んだ。

「特に熱いとは思わないが」

 おかしいのか? とちょっと困ったような顔で、森次は早瀬を見た。こういうときの彼は、普段の自信家な面からは想像も出来ないほど子供っぽい。
 少しだけ眉尻を下げて、少しだけ眉間に皺を寄せた顔。おまけに唇までも少し突き出すような形になっているものだから、早瀬はそのままキスしたくなる衝動をぐっと押さえ込むのに苦労する。
 今回は誤魔化すように、冷め切っていないコーヒーを一口飲んだ。

「熱っ」

 喉を熱い液体が落ちていく。胃に落ちるまでの時間がとても長く感じられ、じりじりと内側が焼かれていくような錯覚に陥った。
 実際はそこまで大袈裟なものではなく、舌先が多少焼けただけだ。確かにじりじりと焼けるような速度で、コーヒーは胃に落ちたが、さすがにそこまで焼けはしないだろう。それでも内側を落ちた熱はそこにあって、胃の中でぐるぐると唸っているような気がする。

「猫舌なんだろう? もう少し冷まして飲んだらどうだ」
「………………」

 呆れてものが言えないというよりも、少し小馬鹿にしたように森次が言う。早瀬はじとっと睨み付けるしかなかった。舌先がひりひりする。
 見れば森次のマグカップの中身は半分ほどに減っていた。一方早瀬の方は、先程の一口分しか減っていない。
 熱い、と思っても口内では薬を塗ることも出来ない。怪我をする度に思うことだが、マキナ固有の体内のナノマシンは傷を癒すと同時に痛みも和らげてくれないのだろうか。
 ラインバレルの転送に巻き込まれた時には、痛みなど感じなかったのに。しかし改めて思えば、あれは痛みを感じるも何も死んでしまっていたのだから、感覚なんてものがあるはずがない。口にしなくてよかったと思う。こんなことを言えば、確実に森次は早瀬を鼻で笑っただろう。

 壁に掛けられた時計を見れば、まだ十時半。昼食を作るには早いし、借りてきた映画を観るには少し足りないような気がする。この熱いコーヒーを飲み終えるのに、それほど時間が掛かるとは思えない。
 二人の間に自然と会話がなくなる。大きなソファーに座っているせいか、二人の間は大分空いていた。
 森次の部屋でデートする、と提案したものの、ここまで何もないとどうしようもない。せめて雑誌でもあれば話題をその中から選び取れたのかもしれないが、生憎森次の部屋にある紙類は、全て仕事の書類のようだった。
 どうしようか、と早瀬は二口目のコーヒーを飲んだ。大きな液晶テレビがあるが、どうだろう。映画を観賞するにはもってこいのそれも、昼間の暇潰しに用いるにはひねりがなかった。

「……暇、ですね」
「だから何度も確認しただろう」

 ぽつりと早瀬が呟けば、森次が呆れ混じりに返してきた。

「山下の部屋にでも行けば遊び道具には困らないが、私の部屋に娯楽の類は一切ないんだ」

 うう、と早瀬は唸ってみたが、時間はそう簡単には進まない。どうしようもなくて、更に言葉を返す。

「山下クンの部屋に行ったって仕方ないでしょう。別に遊びに来た訳じゃないんです」
「ほう」
「俺はあなたとデートしたくてここにいるんです。そりゃあ、暇ですけど、森次さんがいなくちゃ意味ないんですってば」
「…………」
「森次さん?」

 途切れた会話に相手を見れば、ふいと顔を逸らされた。
 ガラステーブルの上にマグカップを置く。陶器と硝子が接触、硬い音を立てた。
 艶やかな黒髪から覗く耳が、常より赤いような気がする。