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hey!heterosexual girl!

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「何を悩むことがあるっていうの?」
孝くんは云った。そう、何も悩むことはないのだ。あたしは胸を張って生きていっていいはずだ。いや、ほかの人にその権利がないとは云わない。ただ、あたしは一般論を云っているのであって・・・やめた。自分でも悲しくなるし第一何を云ってるかわからなくなってきた。
「だいじょうぶだって~!すぐ好きな人なんかできるよ~」
どうやったらこんなに極限まで粘った話し方ができるのだろう。いささか疑問に思う。そんな究極に面倒くさいしゃべり方をしながら瑞樹は髪を触っている。
七月。今年は猛暑らしい。しかし彼にそんなことは関係ない。中学三年生のときにメタモルフォーゼで買ったアリスシリーズのブラウス・ワンピース・ペチコート・ハイソックス・・・・エトセトラエトセトラ。
曰く「今年の夏はアリスだよ!」

ポロシャツにジーパンのあたしとは正反対に、彼はいつだって、何重にも着込んでいる。そしてたいていの場合、スカートだ。脛毛なんて生まれてこの方はえたことありません、といった涼しい顔をして、スカートをはく彼は最高にクールだ。
「まりちゃんは?」
「今日は~、みそのちゃんとモアメームモアティエ行くんだって。ぼくはお留守番」
驚くことなかれ。彼には彼女がいる。彼女もバリバリのロリータだ。しかし彼女のまりちゃんはゴスロリも嗜む(嗜むという言い方が正しいのかはこの際気にしない)。瑞樹は甘ロリオンリーなので、時々彼らの間では論争が起こっている。ちなみに先ほど出てきたモアメームモアティエというのは、マリスのマナ様のブランドで、確かフランス語・・・。あたしはフランス語なんかわからないので、もちろんつづりも知らない。なんでああいう系統のブランドは、やたら名前が長いんだろう。ベイビーザなんちゃらってやつは、いまだに覚えられない。
世の中は、普段ジーパンにTシャツやポロシャツの、あたしのような人間が圧倒的に多いはずなのに、残念ながら、あたしの周囲にそのような人間はあまりいない。今でこそみんな落ち着いたが、昔は一緒に遊びに出かける際には数々の注意と、他人の視線に耐えうる精神力が必要だった。
「バッファローの底が30センチ以上ある靴を履いてこないこと。長時間歩くので」
「一番お気に入りの、もしくはトータル六万円以上の洋服は着てこないこと。ぬかるみがあるので汚れる危険があるから」
「ブラックライトで光る服、つまりフェトウス全般は着てこないこと。ブラックライトがある遊園地を楽しむため」
たくさん、たくさん、大多数の人が一生のうち一度だってしないであろう注意をしてきた。それらの注意をしなくても、PTOというものがみんな理解できるようになって、あたしは気づいた。
あたしには、Tシャツとジーパンで出歩く、愛読紙がフルーツやケラやメンズエッグじゃない男友達がいないこと。あたしは、普通の、本当に普通の、ジーパンにTシャツで満足する彼氏がほしかった。

そうして、高校三年生にして、ようやく出会ったのだ。ジーパンにTシャツで満足する男の子に。
さわやかで、買い物に行くとすればユナイテッドアローズやアナザーエディションで、そんな、あたしの理想ぴったりの男の子。



けれどどうだ。



「大体なんで教えてくれなかったの?」
「だって~、さなみちゃんがまさか孝のこと好きになるなんて思わなかったんだもん」

瑞樹は悪びれもせずに云う。まあ、たしかに確認を怠ったあたしも悪いかもしれない。うん、半分くらい悪い、そこは認めよう。けど、まさか好きになった人がさ。
うん、異性愛者じゃなかった(遠まわしに云ってみる)なんて・・・。
いくら瑞樹の友達がちょっと変わった人ばかりだからって。孝くんは違うと思ってた。ジーパンにTシャツで、田仲美保が好きな普通の男の子であってほしかった。

そうして今までまったく興味がなかったから気づかなかったけれど、あたしのまわりには異性愛者さえそうそういないのだ。もしかしたら瑞樹ぐらいかもしれない。
今までまったく知らなかったのだけれど、あたしたちがよく行くカフェのオーナー。(ちなみに孝くんはこの人のことが好きらしい。面食いめ)瑞樹のバイト先(古本屋)の店長さんは元男性だった。
瑞樹の彼女のまりちゃんはバイだし、まりちゃんの元彼女の理恵子ちゃん(うちのクラス)は筋金入りのレズだ(初恋は幼稚園の美由紀先生らしい)。


そうして彼らは、どうどうと胸を張って、笑顔で云うのだ。


「何を悩むことがあるって云うの?」


まあ、確かにそうなんですけど。うん、そうだよ。スカートをはいてたって、女をすきだって、男をすきだって、そりゃ個人の自由だ。とったりつけたりだって否定はしない。

けれど、あたしは一生恋ができないかもしれない。

あたしのささやかな願いは、この世界では叶いそうにないのだ。



みんなはあたしに優しい。面白いし、本当に友情を大切にしてくれる。あたしもかれらを愛してる。彼らのことを悪く云うやつを、ぶん殴って大喧嘩になったことすらある。けれど、彼らがこう云うたび、あたしは自分の夢は夢のまま終わる気がするのだ。


「hey!heterosexual girl!」


何を悩むことがあるって云うの?ヘテロセクシャルガール。世界はあなたに優しいわ。あたしたちにはいささか乱暴だけれど。


彼らがそういうたびに、あたしはマイノリティになるのだ。


ヘテロで、まだ誰ともつきあったことのないあたしは、彼らの格好のおもちゃなのである。


いつかあたしは、あたしの理想の彼氏を連れてきて、みんなに云ってやるんだ。

「hey!homosexual people!」

何を悩むことがあるっていうの?


作品名:hey!heterosexual girl! 作家名:おねずみ