きつねのおうさま
きつねが踊る。くるくると。きつねのワルツはいつもきれい。
彼のつり目は印象的で、一度彼を見た人なら必ず「ああ、あのつり目の人」と云うだろう。大きな瞳なのに、釣り目なのだ。むしろ、だからこそ印象的なのかもしれない。僕は彼と、保健委員で一緒になってしまった。
きつねの彼は、アッシュグレーの髪の毛をしていた。ふつうのひとなら似合わないようなその色は、彼に恐ろしくあっていた。殆どないようなまゆげも相俟って、彼はいよいよきつねのおうさまだった。
「お前、名前なんて云うの?」
ちょいちょいと胸元のネームプレートを指でつつきながら彼は僕に尋ねた。
「あさかです」
「・・・へえ、」
彼は節のはっきりした指で、東、日、下、順番に感じをなぞった。
「これであさかなんて読むんだ」
はいとも、いいえとも答えることが出来なかった。
たれか、ベッドで休んでいた人がカーテンをひく音で、静謐さは失われてしまったけれど、その瞬間、たしかに世界は彼のものだった。
「俺はなあ、西門」
その言い方があまりに無邪気だったのにも驚いた。
他意はないのだろうが、そのとき僕は自分が彼の世界に入ることを許されたような錯覚を覚えた。
後日、彼が踊っているのをみた。黒髪の、みつあみのおんなのこと踊っていた。くるくるした踊りをワルツというのだと知ったのは、そのさらにあとになってからだ。
くるくる、くるくる。
きつねと、はりねずみが踊っていた。
そこで僕は、彼の世界はきつねとはりねずみの世界だと気付いた。
くるくる、くるくる。
きつねのおうさまは、今日も踊る。