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TheEndlessNights(1)

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7/19/Night



美しいって何だ?
綺麗ってどんなだ?
それが受け取り手個人の趣味志向による曖昧な言葉で表せるものだろうか。
例えば、ここに居る少年、無双 弥月(むそう やつき)は「赤」という色が嫌いだった。
特に血を連想させるような真紅は、まるで命そのものの色だ。ぼやけた現実の輪郭を浮き彫りにするようで、恐怖というには静かだが、不安というにはハッキリし過ぎる、そんな感覚に襲われてなんとも居心地が悪い。
だが、彼の目の前の「赤」ときたらどうだ。
氷のような白い月を背負い、その純白のキャンパスに描かれた真紅のシルエットは、彼のこの感覚を打ち消すわけでもなく、変化させるわけでもなく。
ただ、それすらも含めて「見ていたい」と思わせた。
真紅の絹のような髪、真紅のルビーのような瞳、真紅の召し物に、それを隠すように纏う風に揺れる漆黒の外套。全てに目を奪われる絶対の魅力があった。
信じがたいのはその持ち主が、全て単一の存在だった事、いや、全てが一つだからこそかもしれない、唯一人の少女だったから、彼は心を奪われたのかも知れない。
少年の生きてきた、たった17年ぽっちの人生。持ち合わせた乏しい倫理、道徳、感性、教養で測れるものなど高が知れている。だが、これが例え80年以上生きた老人であったとしても、受け取ったものはきっと同じ。
この世に確固たるものが、確かに在るのだと。曖昧な言葉になど穢されない不可侵な領域があるのだと。
少年は、無双弥月は、望まずも、希望と、絶望を、同時に得た。
もし運命の女神様に逢えたら? 今の彼ならこう答えるに違いない。
「ぶ…んっ…殴っ…唾を…はっ…きかけて…や…る」
まるで幻想のように赤い映像は切り替わり、彼の目には何も映らない。いや、真っ暗な、真の闇を映し出す。
彼の放った言葉はその暗闇に吸い込まれるように消えていったかと思うと、別の形で吐き出されて彼の耳へと戻ってきた。
「そう、恨めしいのね、そうよね」
運命なんてふざけた車輪で何もかも弄んでいる存在が本当に居るんだとしたら、それはきっと禄でもないイカれたサイコパスキラーだ。

-少年の胸を細い腕で貫いている、この女のような。-

殴って、恨んで、唾を吐きかけて遣りたい位、憎い。だが、訪れてしまったら受け入れるしかない。諦めるしかない。それが運命。
そう、だってしょうがない、「心臓を鷲掴みにされて」生き延びるなんて出来っこない。寧ろまだ死んでないことが不思議なくらいだ。
器官が傷ついているのだろうか、空気が漏れるような音が、勢い良く流れる血液の音に混じり、弥月の口から血の泡を滲ませた。
痛みってのは、度を越えると痛みとして作用しなくなるのだろうか。彼に与えられている感覚は熱した鋼でも胸に突っ込まれているような灼熱感と体の中心、胸の中を蛇に締め上げられているような不快感、絶対的な死の恐怖だけだった。
「どしたの? 殴らないの? 唾かけないの?」
(あんたに、言ったんじゃない)
サイコ女が口を開いた、既に虫の息の弥月の口から漏れたのは血の泡がゴポゴポと破裂した音だけ。腕を上げる力だって残ってはいない。
目の前の女の顔さえ見えない暗闇の中、胸だけで吊るされる様に支えられた体、足だって地面に付いているのか浮いているのか、はたまた足なんて本当にあるのか、それさえわからない。ただ今にも消えそうな命の灯火が吹き消されるか、燃え尽きるか、その瞬間を待ち続けるだけ。
女は恐怖を知り尽くしていた。殺しを知り尽くしていた。それは永遠にも勝る無間地獄のそれだ。待つことそれ自体が恐怖のような拷問。何も見えない暗闇で、水滴を落とし続けられるような確かな恐怖。
次がくるのか、来ないのか、きっと来るだろう、間違いなく来る、いつだ、いつやってくる。
いつ?いつ?いつ?いつ?いつ?いつ?いつ?いつ?いつ?いつ?いつ?いつ?いつ?
死を望む、這いずって寄ってくる確実な死の影に怯え続けるくらいなら、いっそ苛烈な即成る死を。しかして、それは叶わない。
「貴方の命、あたたかい…とてもあたたかい」
心臓を指で撫で回し、吐息のように漏れた言葉。
「ずっとあたしをあたためて。あたしを見捨てて逝かないで」
徐々にその鼓動は弱まっていく、命の温もりは霞のように消えていく。
「そう、やっぱり貴方も私を捨てるのね? 私が化け物だから捨てるのよ」
やっと、やっと終わる、この地獄のような運命がやっと終わってくれる。
「でも、私は貴方を捨てないの」
何を?
「貴方は私達とあたたかさを求め続けるの」
何を言っているんだ?終わるんだ。
「どこまでも一緒に逝きましょう、どこまでもどこまでも夜の中を」
やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ
(やめてくれ!)
弥月の首に鋼の針のように冷たく鋭い感触が触れた。
それが女の二つの牙だと認識するより早く。
赤い閃光が走った。
この暗闇の中、ただハッキリと赤いとだけわかる光だ。もう、死を目前にした弥月の目にそれは、まるで赤い死神の鎌のように映った。だが、それは決して救いを齎す様な安らかなるものではなく、決して受け入れてはならない禍々しいものに思えた。
弥月の心臓を貫き、女の腹部を貫き、赤い閃光はその輪郭を固定した。
刀。紅の刀身を持った刀が、二人を繋いでいた。
『その刀に心臓を捧げろ。無双弥月』
確かに心臓を貫かれた。不思議なことに死は弥月に訪れなかった。やはりこれは救いなどではないとだけわかった。
熱い、心臓が、燃えるように熱い。先ほどからの感覚など吹っ飛んだ、死の影さえなりをひそめた、闇のそれさえ払拭した赤い光を放つ灼熱の刀。
誰かわからない男の声が弥月の背後からハッキリと聞こえた、自分の心臓を貫いたのはこの男だと、何故かは分からないが確信した。いや、声だ、声で分かった。殺意とかそういったものは一介の学生には判別できない。だが、この声にはゾッとする程の冷たい感情、いや、無感情が感じ取れたからだ。
そんな声に、弥月は聞き覚えがあった。だが誰かは思い出せない。
雪のように冷たく淡い声が溶けて消えて行った。それ以上に喧しく聞こえる声のせいで、記憶を探る隙はなくなっていった。
静かに激しく頭の中に何者かが、いや『刀』が語りかけてきた。
(――――ヨウトウラセツ?)
シンナルヨルヲシュニソメテクロキテンヲセキニヤクセキラクテンノハテノハテセキナルテンヲミアグルモノヲエンサノホノオヲタグルモノヲテンヲモヤケオツケガレシモノヲ
トナエナサイ、唱エナサイ、唱えなさい
『そいつを拒絶したいのだろ?ならこちらを受け入れればいい』
悪魔の囁きが聞こえた。
そうすれば、この悪夢は覚めるのか?
この死神の鎌の慈悲に縋れるのか?
もういい、なんだっていい。ただこの闇に引きずり込まれるのだけは、嫌だ。
無双弥月は最期の力で、まるで縋り付く様に、その赤い刀身を両の手で握り締め「ラセツ」と口にした。
それが、更に深い闇の入り口とは知らずに。

刀が、一際強く輝いた気がした。背筋が凍るような、血の様に燃える赤い色に。
弥月の心臓が、その赤に溶けるように消えていった。
作品名:TheEndlessNights(1) 作家名:卯木尺三