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それは酷い裏切りでした。

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『それは酷い裏切りでした』

「何処か行きたい。私達のこと、誰も知らないとこ。そんでもって、私達が愛し合うこと、赦されるとこ」
 窓の外を見つめながら、私はぽつり、そう呟いてみた。
行けるわけない。本当は分かっていた。私達が赦される場所なんてこの世界の何処にもない。分かってる。でも期待してた。今はまだ知らないだけで、何処かにはあるんだって。
馬鹿なことを言ってるってこと位、痛いほど、苦しいほど自覚していた。けれど。
 ほんの少しの静寂のあと、その言葉は返ってきた。
「じゃあ、行っちゃう?」
 内容にそぐわない普段通りの軽いノリの、思いがけない返事に私が目を瞬かせて声の方を見れば、いつも通りやる気のない目が、私の方をこれでもかってくらい真っ直ぐに見つめていた。



 それから差し出された手を取って、二人で行けるところまで行こうと今まで買ったことのない一番高い切符を買って、電車に乗った。
 何処へ行こう。行く先も行く宛てもなかった。けれど、ふたりきり、私たちは寄り添って座っている。電車に揺られる鹿野子の短い銀髪を見ていたら、なにもかもがどうでもよくなった。鹿野子は嫌がる天然パーマのこのふわふわとした銀髪が、私は好きなんだ。
 もう、違う学校のこいつが今何処で誰と何してるかなんて気にしなくていいし、“ただの友達相手”にくだらない嫉妬心を燃やさなくて済む。
 だから、これでよかったの。
 短いスカートのせいで出ている膝上に放置されていた手に、そっと自分の指先を絡める。
 向けられた視線には視線を絡めて、いつもより少し甘えるように短い銀髪が跳ねる首に頭を寄せた。そうすると鹿野子は黙って私の頭に頬を寄せて、私からは見えなかったけれどそっと目を閉じたと思う。私も黙って目を閉じた。
電車はまだ揺れている。線路もまだ続いてく。
 この列車が、この世界の何処かにあるかもしれない私達の居場所まで連れていってくれればいいのに。



 知らない場所まで来た。人気のない駅は日も落ちて辺りも暗くて、どちらからともなく繋いだままのお互いの手を握り直して身を寄せ合った。
 不安なのは、きっと二人とも同じ。
 街に明かりが灯る。ぽつんぽつんと暖かい光が増えていく。私はそれを、遠くのことのように見つめていた。
「とりあえず寝るとこ探そ。カプセルとか、ビジネスないかな。シングルでいいかな、狭いけど。っつーか取れるのかなぁ、2人で1つのシングルって。あぁ、でもそもそも空いてっかな。ラブホは空いてるだろうけど、案外高いからなぁ…」
 すぐにどうしようか考える鹿野子はどこででも生きていける逞しさを持っている。けれど私は、耳のすぐそば、少し上の辺りから聞こえる声も右から左で、私の意識は世界とは何処か遠くに浮かんでいた。鹿野子の声が、聞こえてるのに理解できない。彼女は何を言ってるの。
 不意に家族の顔が思い浮かんだ。おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、弟。
 眞子や綾、他の友達、…大好きな先生。
 あの人たちとはもう二度と会えないんだ。私達が置いてきたから。捨てたのは、私達。
 世界はどんどん暗くなる。灯る明かりが私達の存在を否定して拒絶してるように思えて仕方なかった。
「とりあえず行…」
 離れていく存在を引き止める。袖を引けば鹿野子は振り返って私を見つめた。
 ほんの一瞬見開かれた目に私を映して、黙ったまま私に手を伸ばしてきた。
「沙菜」
いつもの無表情で私の名を呼んで、鹿野子は私の頬に触れる。
「なんで、泣いてんの?」
 とめどなく溢れる涙が濡らす頬に添えられた指先は、優しかった。
 答えない私に鹿野子は仕方なさそうに笑って、一歩踏み出して距離を詰めて、私を優しく抱きしめた。沙菜の髪が私の鼻をくすぐる。私を包み込んだ温もりは、心細さで凍えていた私には毛布よりなにより大切で、手放したくなかった。
 ふわりと声が降ってきた。
「…帰ろっか」
「…っ」
 鹿野子が一歩引いて身体を離した。私を包んでいた腕が解けて私たちの間に距離が出来る。対面にいた鹿野子は私と肩を並べ、しゃくりあげる私の背中を優しく撫でて、それから俯く私の手をひいてくれた。2歩先を歩く彼女に、私は消え入りそうな声で言った。顔は、あげられなかった。
「…ごめ…っ、ね…っ、…ゴメン…、ごめんなさ…」
 私が、何処かに行きたいって言い出したのに。鹿野子は折角、私の願いを叶えてくれようとしたのに。
 鹿野子を愛しい気持ちに嘘はないの。
 けど彼女のためになにひとつ捨てられない私はきっと、いや絶対、どうしようもなく最低だ。
 これはこれ以上ない、彼女への裏切りだった。
「いいよ」
 優しい声が私の鼓膜を揺らす。顔をあげれば彼女の背中が見えた。彼女は振り向かない。だから表情は見えなかった。私はただ、闇のなかで薄ぼんやりと浮かぶ鹿野子の銀髪を見つめるしかなかった。
振り向かないまま、言葉は続けられた。それはこの世界のたった1つだけの音のようで、私の心に深く入り込んできた。
「分かってたから。きっとこうなるって」
「………」
 分かってた…? それはつまり。
 私のこと、鹿野子は信じてなかったってこと。私が彼女のためになにひとつ捨てられやしない意気地無しだって、思っていたってこと。
 それは事実だ。現にこうして私は迷子になった子供のように泣いて、帰りたがっている。けど。
 鹿野子が表情を見せぬまま紡いだその言葉は、これ以上ない私への裏切りでしかなかった。


『それは酷い裏切りでした。』
作品名:それは酷い裏切りでした。 作家名:麻耶