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Ever Garden

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ミスター・リリィ



 その男からは、噎せ返るような百合の香りがした。
「……腹、開けてみる?」
 くるくると色を変えるヘーゼルの瞳に見つめられて、頷けない者はいないだろう。私は言われるがままにメスを取った。
 平らで、白く冷たい腹に銀色のメスを当てて、くっと力を込める。とろりと溢れた琥珀色の蜜からはやはり百合の香りがして、私は眩暈がした。
 これは私の妄想なのではないか。そんな考えすら起こした。本当にこれは現実なのか。そんな疑念ばかりが頭を巡るのに、濃密な百合の香りに気を取られて上手く頭が回らない。
 思考に囚われてメスを進められないでいると、ひんやりとした白磁の手が私の頬に触れた。
「どうしたの……?」
 夏でも冷たい指先がゆっくりと頬を撫でる。いつの間にか呼吸が乱れていた。
 緩く首を振って、もう一度メスを滑らせる。そうしてとろとろと蜜を零しながら開かれたそこにあったのは、溢れんばかりの花弁だった。百合の香りが、いっそう強くなる。ああ、眩暈がする。
「……触ってもいいよ」
 ――なんて、蠱惑的なのか。如何に躊躇うしぐさを見せようと、私はその誘惑に逆らえない。
 今もごくりと喉を鳴らして、結局手を伸ばしている。
 触れた花弁は、冷たく濡れていた。
 私は花弁に触れた指先を、ゆっくり口許へ持っていく。男は、笑っている。私は濡れた指先を口に含む。あまい、蜜の味がした。
 もう一度手を伸ばそうとすると、やんわりそれを引き止められて男の冷たい両手が私の頬を柔らかく覆った。
 下りてきたのは、男の柔らかな唇だった。暫く触れていた心地良い冷たさを持つそれは離れるなり、私に最大の誘惑を施した。
「……いいよ、お食べ」
 首に絡められた腕は枷だったのだろう。しかし私にはそんな枷すら必要なかった。既に私は男の虜だった。
 私は震える腕を伸ばして、冷たく密やかに咲き乱れる花弁に触れる。それを一ひら取って、ゆっくり口に含んだ。ああ。
 百合だ。
 もう一ひら、もう一ひらと手に取っているうちに一枚一枚取るのが億劫になってきて、片手で鷲掴み、それですら回りくどくなって両手で貪り食うようになった。それでも足りない。花弁は尽きることがなかった。
 私が手も口も汚してようやく満足する頃になっても、男の開かれた腹の中はさほど変化を見せなかった。ただ男はにこりと笑って、私に腹を閉じるように言った。
 腹を閉じても噎せ返るような百合の香りは消えず、むしろ先程より増している気さえした。男は再び私にくちづけを落とすと、うっとりと笑った。
「これで君は俺のものだね」
 ああそうだとも。私は男の血となり肉となり、彼を美しく咲き誇らせるのだ。
作品名:Ever Garden 作家名:森園