melody♪三話
家に帰ったらお父さんがいた。
「ただいま。今日は早いのね」
「・・・あぁ、うん」
お父さんは歯切れの悪い返事をした。世の中の大部分のお父さんという生き物がそうなように、うちのお父さんも何か都合が悪いことがあると云いにくそうにもごもご話す。
「なに?」
「・・・実は、また転勤になって」
「え?今年東京に戻ってきたばっかりじゃない」
うんざりした。お父さんとお母さんが離婚した原因もこの異常なまでの転勤の多さだ。東京から北海道。北海道から佐世保。佐世保からシンガポール。シンガポールから帰国したと思ったら次は名古屋。ようやく東京に戻ってこられたと思ったらまた・・・。
「次はどこ?」
「・・・来年の7月から、イギリス」
「・・・行かないわよ」
季節外れのシチューの煮えたぎる音が響く部屋に、私の声は予想以上に大きく広がった。
「・・・わかってる」
お父さんはそう返した。
私は鞄をひろいあげて自分の部屋に逃げた。
ごめんね、お父さん。別に傷つけたいわけじゃない。愛してるよ。たった二人の家族だもん。ただ、もう嫌なの。見知らぬ街で見知らぬ人々と暮らすのは。
東京は冷たいというけれど、私には優しい街だよ。お兄ちゃんとお母さんの思い
出がつまった街だよ。
さっき次郎くんからもらったのど飴を取り出して舐めた。スースーした。涙が出てきた。次郎くんに貸したハンカチで涙を拭った。