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こんにちはさようなら2

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 汽車の背もたれは驚くほど硬くて、背中が痛んで仕方がなかった。おまけに前の席の子供が一晩中ぐずっていて、東京についたころには疲れ果てていた。

東京では、鷹啓兄さんの、大学時代の友人のところにお世話になることが決まっていた。今は東京で医者をしているというその人は、ほんの二、三回会ったことがある程度なのだが、俺が東京に進学するに当たって何かと世話を焼いてくれた。
一度、なぜそんなに良くしてくれるのかと尋ねたら、恩返しのつもりだと答えた。どうも彼は兄に大きな恩を感じているらしく、また兄のことをとても尊敬しているようで、大学時代、兄が如何に優秀だったかを自分のことのように嬉しそうに話していた。



「忍君!」
雑踏の中で名前を呼ばれ、しばらくきょろきょろとしていると、兄の友人、これから居候させてもらう磯貝さんが駆け寄ってきた。磯貝さんはグレィの背広に、同系色のハットをかぶっていて、いかにも紳士といった感じだった。俺は自分の、少し袖丈が足りない学生服と、よれよれの学生帽を少し恥ずかしく思った。
「やあ、長旅お疲れ様でしたね。それでは行きましょうか」
すっと、ごく自然にトランクを持ってくれるそのスマートさは、もはや尊敬にい値するものだった。俺はその広い背中を、迷子にならないように追いかけるのが精一杯だった。

「家はね、ここからそんなに遠くないんです。それに大学にも近い。周りは静かだし、勉強するには最適の環境だと思いますから」
お兄さんのように、立派な人になってくださいね、微笑まれた。
「あの・・・、」
いつか、聞こうと思っていたこと。
「何故、磯貝さんはそんなに兄を尊敬しているんですか?」
磯貝さんは笑った。
「だって、君。鷹啓に会って尊敬するなというほうが無理じゃないか?彼は天才だよ。しかも、その才能をきちんと世のため人のために使う、立派な人間さ」
「・・・そうですか。うちの中での兄は、いつも人を笑わせるようなことばかりしている、どちらかといえばおちゃらけた人間だったので。なんと云うんでしょう、磯貝さんのイメェジする兄と、僕が見ていた兄はどうも少し違うようで」
「まあ、そういう面もあったさ。彼はなかなか無茶をするからな。しかし、弟に兄のそんな話、他人が出来やしないだろう?」
磯貝さんはそう云って笑った。その、口角の上げ方が藤倉に似ていたので、ハッとした。それから、少し安心した。どうも彼は真面目一辺倒というわけでもないらしい。気が合うかもしれない、なんとなくそう感じた。

「そうそう、私の家にはね、あと一人居候がいるんだ。といっても私の妹なのだけれど」
「妹さん、ですか?」
「うん。これがお転婆で困る。学校の先生になりたいらしくてね、まあ、地元からだと便が悪いので、うちから女子の師範学校に通っているわけさ」
「はあ、優秀な妹さんなんですね」
「そうでもないさ」
答える磯貝さんの顔は嬉しそうだった。妹をかわいがっているのがよくわかった。
もし、鷹啓兄さんが今いたら、帝大に行く俺のことを、嬉しそうに磯貝さんや、ほかの同僚なんかに話していたのだろうか。考えると少し悲しくなった。

「まあ、妹は云ってしまえば田舎の野生児だ。猿かなんかと思ってくれ」
磯貝さんの台詞に、二人で笑った。