summer!
夏
じわじわじわじわじわ。
みーんみーんみーん。
ギーッギーッギーッギー。
連日の真夏日、蝉の鳴き声がより一層暑さをかき立てる。
少しでも音を遮ろうと開け放った窓を締め切ってしまいたい気もするが、今より過酷な状況になるのが目に見えているのでやめておいた。
ちゃぶ台に頬を押し付けるように突っ伏したまま、私は視線だけを動かした。
それだけでほとんど見渡せる程度にこの部屋は狭い。四畳半しかないのだ。
部屋を囲む土壁は、ちょっと触れるだけで粉がぱらぱらと落ちる。床の畳はすっかり日焼けしていて、イグサは彼草色になっていた。備え付けのシンクや冷蔵庫もずいぶんと年期が入った代物で、部屋にあるあらゆるものから昭和初期の薫りがする。
今、生ぬるい風を一生懸命首を振って部屋中に巡らせている扇風機からも。(勿論、これも古い。)
ないよりマシだが、いかんせん心許ない。クーラーが恋しい。最近のクーラーは、保湿もしてくれるというのだからすごい。しかし、こんな狭い部屋では過剰冷房になり、部屋が冷蔵庫になってしまうだろう。まず、こんな所に住まわねばならない人間がクーラーなんて豪勢なものを買えるはずもないのだが。
私がうだうだととりとめもない事を考えていると、ブラウン管から日焼け止めのCMが流れ始めた。
白、青、黄色、画面から夏を感じさせる色と言葉が流れている。真っ白な肌の女優が、眩しい白のワンピースを着て颯爽と歩くなか、ナレーションが効果のほどを簡潔に語っていた。私はさほど美白に興味がないので、日焼け止め云々より日焼け止めやかゆみ止めのCMが流れると夏の到来を感じるなぁ、などと全く関係のないことを思い浮かべていた。
「日本人って好きよね、美白。肌が白いのってそんなにいいの?」
唐突に意識に割って入ってきた声は、同居人のものだ。画面から視線を外し、声のした方――私の正面に座っている同居人に向けた。端正な顔立ちをした金髪碧眼のコーカソイドの彼女は、笑えるぐらいこの部屋と不釣り合いだった。さきほどのCMに出演していた女優よりもその肌は白い。病的に白いといってもいい。少し濁った碧眼は画面には目もくれず、何かを熱心に肌に塗りつけていた。
「さぁ…?どうだろ。やっぱ、色が白い方が綺麗に見えるからじゃないの。」
「………。」
「……。」
待てども待てども返事はない。さきほどの呟きはとくに意味はなかったらしく、彼女は作業に没頭していた。まぁ、いつもの事だ。ちなみに私が同じ事をすると必ず「ちょっと、何か言ってよ」と返事を催促される。
暑さに体力と気力を根こそぎ奪われた私に返事を催促する元気はなく、なんとなく暇つぶしに彼女を観察し始める。同じ環境なのに、彼女は私と違って汗ひとつかいてなかった。なんだ、この差は。恨めしそうに見つめていると、視線に気づいた彼女は軽く笑って、
「やぁね、私にだって苦労はあるのよ。」
そう言いながら彼女は、直接肌に塗布するタイプの防腐剤を丹念に塗っている。卓上には一見スナック菓子の菓子袋―――のようにも見えるが、粉末状の防腐剤をつめた袋が置かれていた。粉薬の要領で口から摂取するのだ。夏場は必須らしい。
「ゾンビって大変なんだ」
「そうよ、怠るとあっというまに腐っちゃうんだから!」
彼女は得意げに頷く。その姿は化粧の上手い友人を褒めたときに、そりゃあ化粧映えするためにスキンケアや化粧品にもかなり気を配ってるからね、と地味な努力を語る様とよく似ていた。
この暑さだ、夏場は物が腐りやすい。腐れば腐臭がするだろう。コバエも湧くだろうし、それは色々と困るな……と暑さでぼんやりとした頭で思う。
彼女はその間にどうやら防腐剤を塗り終わったらしく、個包装された粉末状の防腐剤を食べようと袋に白い手を伸ばしていた。