赤い花
がらり、と開けた横開きの扉は思ったよりあっさり開いた。
「はぁい」
あら、お客さんなんて珍しいわね。そう言わんばかりの表情で、腰かけてるばあさんが俺の姿を見て微笑む。
正直に言おう。
ここにある花のほとんどの名前を、俺は知らない。店長だったら半分くらい知ってるかもしれない。だけども、俺はかろうじて近くにあったカゴの中にあるトルコキキョウとかそういうメジャーなのくらいしかわからなかった。そのトルコキキョウも、こんな柔らかいピンクがあるのか、ってくらい。近くのオレンジのガーベラなんかも、見てるだけで元気づけられそうなくらい明るい。
「えっと……あ、あの」
「あら、近くのお花屋さんの男の子じゃない?」
こっちのことを知ってるのか、と驚きながら頷いた俺にそのばあさんは微笑む。
「勉強熱心だって、垣花くんが褒めてたわ」
垣花くん。一瞬店長の名前をど忘れして、俺は間をおいてから「あ、店長……」と呟いた。あの店長をくん付けで呼ぶなんて、いったい何者なんだ。
「赤いお花、お探しなんでしょう」
ごめんなさいね、よくうちの孫が持って行って色んなお花屋さんに「おすそわけ」しちゃうものだから。ばあさんはそう言いながら、奥から顔をのぞかせる俺の腰より低い位置に頭のある子供を呼ぶ。
「あ、えっと……これなんですけど」
「それね、みっちゃんがね、あげたのだよ!」
みっちゃん、は俺の携帯の液晶を指差しながら笑っている。ばあさんは「そうねぇ」なんてのんきに言いながら、カゴをいくつかよけて何本かの花を取り出す。
「「それ!」」
見事にみっちゃんと声が重なった俺の姿に、ばあさんが声をたてて笑った。
「店長って、あの人と知り合いだったんですね」
帰って開口一番そう言った俺に少し嫌な顔をしながらも、店長は「そうよ」と言った。
「だってあの人、私のママンだもの」
「ママンって……え、母親?」
そうよ、ともう一度口にした店長とばあさんの顔を照らし合わせてみる。似て、なくもない。
そういや、この赤い花の名前は結局聞かなかった。俺が自分で調べるべきだ、という思いが大きかったこともある。なにより、この赤い花が俺にそうしてね、と言っているような気がしたからだ。
それくらい、俺はこの赤い花を含めて、未だ見た事のない花を含めて、花が大好きだ。