掌編、突っ込んでみました
イルカ
私は坂道を一人、歩んでいた。
私の家はとある高校の近くにあり、その学校は共学校だ。
普段ならば、昼間は間違えてこの坂を歩く女子高生の極端に短いスカートの中身を覗いてしまわないように、下を向いて歩いている。
だが、この日はたまたま女子高生やミニスカートの女性がいなかったため、真っ直ぐ坂の上を見ながら歩いていた。
坂は長く、先述のように『覗こうとすると見えてしまう』程のかなり急な勾配がある。
地図で確認すれば五〇〇メートル程なのだが、そこは三平方の定理で考えていただきたい。
そんな坂道を、頂点を見上げながら歩いていると、徐々に二つの人影が大きくなってきた。
片や、自転車に乗った主婦らしい女性。
因みに、パンツルックなので余計な心配はしなくて済んだ。
そして、それを追走する小さな人影。
身長から推して、恐らく小学校の低学年であろう頃の、男の子である。
当初、私はそれを見ながら、どうしてこの二人が別々に行動しているのか、理解に困った。
女性の乗っている自転車には普通にサドルがあり、追走する男の子を乗せてやるには十分に思われたからだ。
傍からみると二人の姿は、どうにも『自分は自転車に乗って、子供を走らせている不親切な親』のように見えたのだ。
ところが、直ぐに状況は一変した。
少年はそれまで必死に自転車を追いかけていたのにも関わらず、突然途中の角を曲がったのだ。
一方で、自転車の方は何も無かった事で安心したように、速度を上げて坂を下り、私の横を通り過ぎて行った。
少年と主婦は、声を掛け合うでもなく、挨拶をする訳でもなく、実にあっさりと、道を違えた。
この期に及んで、私はようやく気付いた。
少年はただ、自分より速く坂を下っていく自転車に負けまいと、必死でその後を追いかけていただけで、主婦の方は、間違えて接触事故を起こすまいと、ゆっくりとした速度で坂を下りていただけだったのだ。
その遣り取りはまるで、いつかTVで見た『ドルフィンクルーズ』中に出会ったイルカと船のようだった。
特に理由などなくても、自分が楽しめれば充分に『遊び』に成り得る。
そう、船と競争したがるイルカのように。
それを思い出した或る日の夕方だった。
作品名:掌編、突っ込んでみました 作家名:辻原貴之