掌編、突っ込んでみました
『私』と『彼女』
ウチを根城とする野良猫がいる。
たまに言い争い(?)をしているところなど聞くに、どうやら野良猫そのものは近所に複数いるらしいのだが、実際に遭遇するのは殆どの場合、一匹。
しかも、固定の一匹だ。
恐らく、ウチの近辺が彼女の『縄張り』なのだろう。
彼女、などと呼ぶには一応訳があって、彼女が三毛猫であるからだ。
俗文に曰く「ほとんどの三毛猫は雌である」というのが通説であるらしいので、『私』はかの三毛猫のことを『彼女』と呼称することにしている。
突然だが、ウチの周囲には犬を飼っている家が多い。
それ故、どうやらウチの入口辺りまでが彼女のテリトリーらしく、特に夏場、今の時期になると彼女は毎日のようにウチの、滅多に動かない車の下か、隣家との距離が狭いことで必ず影になっている玄関近くの場所で昼寝を決め込むのが定番になっている。
玄関はともかく、何故ウチの車の下に居るのが解るのかといえば、たまさか私が出掛けようと家の門扉を開けると、車を動かそうとしていると勘違いした彼女が顔を出し、目を合わせて一声、非難めいた声を上げるからだ。
彼女には殆ど、一匹で居るときしか遭遇したことがないが、餌付けを試みたことはない。
所謂『餌やり』は時に近隣の住人の迷惑になるし、彼女が他人の干渉を極めて嫌う傾向にあるのが、この数年の遣り取りで分かっているからだ。
顔が合って、機嫌の良い時は挨拶のように一声鳴き、私の足の横をなぞるように去っていく。
機嫌の悪い時は、例によって非難めいた声を上げて距離を起き、一旦止まって去っていく。
何れにしても去って行く。
そして、家に帰るとまた出てきて、一声鳴いてから去っていく。
非難めいているか、めいていないか程度の差しかない。
それでも、数年も付き合っていると、彼女が自分のテリトリーに何者をも入れることを拒んでいることくらいは解るようになった。
『さかり』の時期でもないのに何者かと喧嘩していたり、追い払っているのを何度も耳にしたり、時には目にしている。
隣家に住んでいる小学生が、餌付けを試みたところを見たが、目もくれずに去っていった。
別の日、同じように餌付けを試みたその少年は、威嚇された上に用意していた餌を猫パンチで弾き飛ばされていた。
その上、弾き飛ばされた餌にも目もくれない。
普通は、人の目がなくなったところで口にしそうなものだが、二日経っても路面に転がっていて、ため息混じりに私が片付けたのだから間違いない。
何と言うか、偉くプライドが高い。
流石にその出来事は少年の心に多少の傷を残したらしく、それ以来、少年が彼女を餌付けしようとしている所を見ることはなくなった。
そのクセ、基本的にマナーはよく、ウチの近所を根城にしている割に、排泄物の類を見たことはない。
車の下に転がっているのではないかと車を動かしたこともあるが、どうやらそれはこちらの誤解だったらしく、次に会った時には随分皮肉げな声を上げられた。
彼女のプライドを痛く傷つけたらしい。
斯様に私と彼女の生活が続いてもう数年になるが、彼女は未だ子を設けた様子もなく、気付けば日陰で寝て、たまによそ者を追い返している。
相変わらず彼女と私は『会えば挨拶をする程度の仲』で、どうにもお互い、それが気に入っている感がある。
彼女も野良である以上、いずれ代替わりや長き不在を経験することになるのだろうが、だからと言って探すような事はしないと思う。
そもそも、ウチは彼女にとってはただの根城で、彼女が寝ている時間にこちらが出ていかない限り遭遇することもないし、彼女にとって『あまり干渉されない就寝スポットの一つ』なのだろう。
多分、今も寝ている。
子を産む時も、恐らくウチの周辺では産まない。
逆にいうと、ウチは彼女にとって数年に渡る『秘密のスポット』というわけだ。
たまに会う住人に気ままに挨拶をし、マナーを守り、就寝の邪魔をされれば軽く非難をする。
だが、こちらが帰ってくる頃にはまたそこで寝ていて、今度は軽く挨拶をする。
それが彼女と私の距離感であり、彼女もそれ以上やそれ以下を望まないと、何となく私は感じるのだ。
出来れば一度でも、彼女の隙を突いてそっと家を出て、音を立てずに門扉を開け、彼女がどんな姿で寝ているのか、確かめてみたいところではあるが、それは分が過ぎているだろうか。
作品名:掌編、突っ込んでみました 作家名:辻原貴之