掌編、突っ込んでみました
駆け引き
夏の昼下がり。
私の前を、小学生と思われる二人組が歩いていた。
小学校高学年に入りかけた頃の男の子と、その男の子よりやや身長の低い女の子。
会話する機会があったわけではないので、兄妹かどうかまでは分からないが、幼なじみとか、友達とか言う関係か、それ以上に親密に見えたのは間違いない。
二人は恐らくプールの帰りと思われる。
濡髪で、片やトートバッグ、片やショルダーバッグを背負い、じゃれあうようにしながら歩いていた。
二人がじゃれ合っていたことも、私が大人だったこともあり、彼らの後ろを歩く私が、二人を追い抜くのは時間の問題であるかのように思われた。
そうして、彼我の距離が十メートル程まで縮まった、その時である。
「ねぇ、待って、Uちゃん。あたし、荷物持ってるし、歩きながらじゃ紐が結べないの」
そう言って、女の子が歩みを緩める。
どうやら少女の着ているフワフワの服には、ウエストの辺りに紐が付いていて、あまり緩い場合には調節ができるようになっているらしい。
対して、『Uちゃん』と呼ばれた男の子も歩みを緩める。
「もう、Kちゃんはしょうがないなぁ」
Uちゃんは丁寧に『Kちゃん』のウエストの辺りの紐を手に取って、結んでやる。
微笑ましい光景に、一瞬、頬が緩む。
その瞬間、だった。
「あっ!?」
Uちゃんが顔を上げると共に上を指差す。
Kちゃんの視線が、『何事か?』と釣られて上を向いた。
その直後。
この隙を狙っていたのだろう。
指を差すことで上に持ち上げられたUちゃんの右手が、Kちゃんの左頬を、上から軽く叩いた。
『パスン』という明らかにかすったような音と共に、Kちゃんの頬が僅かに揺れた。
「あははー、引っ掛かったー」
「もーっ、Uちゃーん!!」
大した痛みはないのだろうが、からかわれた事に腹を立てているのか、じゃれ合いが楽しいのか、私が彼らを追い抜く寸前で、追いかけっこが始まった。
しかし、KちゃんはUちゃんよりも背が低い。
男女の差もあってなのか、UちゃんはKちゃんをグイグイ引き離していく。
私は、その姿に、嘗ての自分の姿を思い出していた。
『あったあった、ああいう他愛ない悪戯』
言うなれば、そういった感覚だ。
ところが、三十メートルも離れた頃だろうか。
Uちゃんを追いかけていたKちゃんが、お腹を押さえてその場にうずくまった。
数秒もして、自分を追いかけていた足音が無くなったことに気付いたUちゃんが立ち止まり、振り返る。
しかしKちゃんは、その場から動かない。
Uちゃんが状況の変化に気付き、Kちゃんに歩み寄った。
その様を見物していた私も、急病を疑い駆け寄ろうとした。
袖すり合うも他生の縁。
近くにいる大人が手を貸してやらねばなるまい。
そう意気込んだ、その時。
乾いた大きい音を立てて、Uちゃんの頬がKちゃんによって張られた。
心配して覗き込んだUちゃんの頬を、Kちゃんが張り飛ばしたのである。
「あはははー。ひっかかったー」
そして、交代する攻守。
KちゃんがUちゃんに言い放ち、走りだす。
Uちゃんは明らかに『やられた』という表情でガックリ肩を落としてから、Kちゃんの背中をトロトロと追いかけ始めた。
私は再び、思った。
『あぁ。あったあった。ああいう他愛ない悪戯』
子供の駆け引きとは、時に大人になっても続く。
作品名:掌編、突っ込んでみました 作家名:辻原貴之