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melody♪二話

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 ピアノがすきかと云われたら正直微妙だ。ピアノはあくまで手段であって目的ではない。

初めてコンクールに出たのは七歳のときだった。演奏を終えて、顔を上げた瞬間、会場中の人間が俺を見ていた。そして、俺のために拍手をした。後にも先にも、これほど興奮した瞬間はなかった。
その興奮をもう一度味わいたくて、俺はピアノにのめりこんだ。もしこれがヴァイオリンだったら俺はヴァイオリンにのめりこんだだろう。バレエならバレエに。空手なら空手に。何だっていいのだ。あの興奮が味わえるなら。








「おい!B専!」
笑いを含んだ声が聞こえて振りかえる。面倒な人に会ったなあと思った。
バスケ部の、伊東先輩。バスケはとてつもなく上手いけど、人をからかうのが大好きで、地獄耳。伊東先輩が知らない校内事情はきっとない。
「なんですかぁ?」
「なんですかぁ~?やないわ。聞いたし。あのこ振ったっちゃろ?何やったっけ?南…」
「南ゆきほですよ。誰から聞いたんですか?」
伊東先輩はバスケ推薦で福岡からきた。もう三年なのに博多弁が抜ける気配はいっこうにない。恒ちゃんによると伊東先輩は妹と一緒に住んでいて、家ではバリバリ博多弁トークを交わしているらしい。
「誰からとかどうでもいいやんけ。あの子あんまし可愛くなかったなあ。お前今度はどこの不細工と付き合うとや?」
そう、伊東先輩がつけた俺のあだ名、B専は不細工専門の略だ。ちなみに伊東先輩以外誰も呼ばない。

「別に新しい彼女とかいませんよ」

ただ、かわいいなと思う子はいる。この言葉は飲み込んだ。今まで自分からいいなと思って付き合った子はいない。いつもコクられて、なんとなく付き合っていた。不細工専門というのも多少語弊がある。決して不細工だから付き合っているのではなくて、告白してきた子のなかでいいかなと思う子があまり可愛くなかっただけのはなしだ。女の子が、気に入られようと一生懸命なのは可愛い。特に、あまりに容姿に自信のない子は、涙ぐましいまでに献身的だ。愛はうつろいやすいものということを十分承知していて、いつか自分も捨てられるのではとびくびくしている。

「でもお前から振るとか初めてやない?いっつもさ」

「「もうつらい 」」

伊東先輩と恒ちゃんの声がシンクロする。伊東先輩の横ににこにこ顔の恒ちゃんがみえた。伊東先輩より、少なくとも10センチは下にあるその顔をじっと見つめていると、恒ちゃんはこう付け加えた。

「もう、いつ次郎くんに飽きられるか考えるだけでつらいの」

伊東先輩は声を上げて笑った。恒ちゃんは満足げな顔で俺を見ている。彼らといると俺はいつだっておもちゃだ。だんだん馬鹿らしくなってきた。

「次の生物移動教室なのに完璧遅刻や。伊東先輩のせいや」

「ばか。オレ関係ないし。恒太郎つれてけ。浜中のお気に入りやから許してもらえるやろ」
伊東先輩は恒ちゃんの背中を押しながら云った。


恒ちゃんは伊東先輩の大ファンだから、伊藤先輩の云い付けどおり生物実験室に入るときとてつもなくすばらしい言い訳をして俺を庇ってくれるだろう。
生物が好きで、同じ部活の先輩の大ファンなあたり、恒ちゃんはだいぶ変態だ。
そして俺は今からその変態に助けてもらうのだ。
そう思うと憂鬱になった。



伊東先輩と別れて二人で生物実験室に向かっているとき、恒ちゃんがぼそりと清光女子、と呟いた。それは成海さんの高校名で、俺はどきっとした。

「なんでいきなり?」
「べっつにー」

恒ちゃんはふんと鼻を鳴らした。この行為を俺がしたなら、きっと生意気に見えるのだろう。けれど自称170センチ、本当は168センチの恒ちゃんがすると、可愛らしかった。

「ねえねえ、なんでいきなり」

「うるせー。見られたらマズいことすんならコソコソしろ。あんな堂々と歩かれたら見たくなくたって目に付くんだよ。お前デカイんだから」


ちょっとだけ声を荒げて恒ちゃんは云った。それから生物実験室の引き戸を開ける。中に入ると恒ちゃんはババアの浜中お気に入りの顔をした。そうしてとてつもなく甘ったれた声でこう云った。

「おなかが痛くて、巽くんに保健室に連れてってもらってました」

恒ちゃんはいつだって、自分の持てるものを最大限に利用する。




タマネギの先端をきってプレパラートにのせながら昨日のことを考える。
昨日、成海さんと別れて横浜に戻ってすぐ、駅前のマックに彼女を呼び出した。電話に出た彼女は、なにやら忙しそうなようすだったけれど、すぐ行くと云って電話を切った。言葉どおり、彼女は息を切らしながらマックに入ってきた。そんな一生懸命なところがやっぱり好ましかったけど、好きではなかった。彼女を、好きじゃないなあと思った。


「別れて欲しい」

云ったら驚いた顔をして、それからうつむいた。確かにみんなが云うように顔はイマイチだけど、さらさらの髪や、細い指先は綺麗だ。

「分かった」

顔を上げて彼女は、ゆきほは云った。泣いてるかと思ったけど笑顔だった。こんなときまで彼女は承知していたのだ。自分の涙は美しいものじゃなくて、離れていく俺の心をつなぎとめる力も持たないことも。そして、笑顔のままマックから出て行った。

ゆきほは、愛せなかったけど非常に好ましい人間だった。




酢酸カーミン液で淡く色づいた染色体は、顕微鏡で見ると気持ちが悪かった。俺は手早くスケッチして、顕微鏡を覗くのをやめた。
恒ちゃんは真剣な顔をして顕微鏡を覗いていた。周りの生徒も皆一生懸命顕微鏡を覗きこんでいる。ひとりぼっちになった気がした。






作品名:melody♪二話 作家名:おねずみ