LOVE&PEACE in the bed
僕の好きになった人はとても不思議な人で、人間がだいっきらいというけれどラヴ&ピースを声高に叫ぶ。
「あっちゃん」
あつし、と本名で呼ばれたことは一度もない。僕の好きになった人はいつもへんてこなあだ名で僕を呼ぶ。あっちゃんはまだいいほうだ。あつぽん、あーあ、あつあげ・・・。僕は好きになった人の口から「あ」の付く言葉が発せられるたびに、それが自分のことではないのかといちいち確認するように好きな人のほうを向く。
「二人で、ジョン・レノンとオノ・ヨーコごっこをしよう」
そういって狭いベッドの中でちょいちょいと手招きをした。
「ジョン・レノンが好きだったの?」
「いや」
「じゃあ、なぜ?」
「映画の公開記念」
いわく、彼の命日にドキュメンタリー映画が公開されるらしい。僕の好きな人は、生活能力はないけれど時々とても情報通だ。
「世界を変える力があると信じることはとても素敵で、とても愚かだ」
僕の好きな人は世界に絶望していて、夢を抱いている。この世に溢れるありとあらゆる矛盾をからだにつめこんだような人で、この世がどちらかに傾いたら、きっと死んでしまうだろうと僕は思った。
「僕が、あなたを好きな理由の一つに、あなたが三島由紀夫も澁澤龍彦も同時に愛せるというものがあります」
「あらら。そんなことで好きになってくれたの?」
大人の笑みで僕を見る好きな人は、やっぱり素敵で、僕はラヴ&ピースを信じてもいいと思った。
「今度、ジョン・レノンの命日に映画を見て、イギリスに行きましょう」
「それはいいね。日本時間で映画を見て、イギリス時間でお墓参り。クールだ!」
二人で、狭いベッドの中でたくさんの空想話をする。僕たちはイギリスに行くお金を持たないし、ジョン・レノンのお墓がどこにあるのかもしれない。しかし僕たちの狭いベッドは、夢の世界で僕たちをイギリスに連れて行き、お墓参りをさせる。
「それは素敵な新婚旅行だ!」
僕の好きな人が云った瞬間、涙が溢れてきた。
世界は意地悪で、僕たちを結婚させてはくれない。どこか外国―オランダなんか、は僕たちを結婚させてくれるらしいけれど、今のところ日本に住んで日本から出る予定のない僕らはただの同居人だ。
「あーあ、泣かないで。二人の愛はね、江戸以前のようにいのちがけなんだから」
好きな人。ねえ、難しい話はしないで。置いていかれる気分がするから。
「昔の人は避妊できなかったから、愛し合えば子供が出来てしまったんだ。だからそれが許されない愛だったら、心中するしかなかったんだよ。二人の愛もね、いのちがけでしょ?ふつうの愛より、こんな愛のほうが、昔のことが良く理解できるよ」
僕の好きな人の話す言葉は難しくて、よく理解できなかったけれど、僕たちの愛が昔に似通っていて、そして僕の好きな人が僕を慰めようとしてくれていることに僕は満足した。
「好きなだけでいいんだよ」
僕の好きな人と、僕と、安くて小さなベッド。
それだけあればどこにでもいける気がしたし、なんでも信じられる気がした。
それが正しいかなんて、No Matter
ナンセンスなことは考えないようにした。
インザベッド
作品名:LOVE&PEACE in the bed 作家名:おねずみ