おむかえにあがりました
不忍池周辺は、なんというか猫が多かった。僕は待ち合わせの駅まで急いだ。夏子は上野動物園に行きたいといっていた。僕は動物園前で待ち合わせしたかったが(だって駅まで行ってまた動物園に行くのは二度手間なのだ)、夏子は東京に不慣れだし、そもそもまだ12さいなのだ。やっぱり一人で出歩かせるのには不安が残る。しかしいまどきの12さいというのは、なかなかどうしてませているというではないか。生意気な口をきくようになっていたらどうしようと思いながら改札から少し離れたところで待っていた。
おそろしいことに(と人は云う)僕は携帯電話というものを所持していない。高校までは毎日学校部活学校部活だったので必要性を感じなかった。大学へ入る際上京するのに伴って親は買い与えようとしたが、下宿先には電話が引いてあったので断った。電子機器には不慣れなのだ。理系だけれども。
言問坂をくだり暗闇坂を通り抜け不忍池と上野神社を横目に時計を気にしながら急ぐ僕を待っている少女は携帯電話を持っているのかしらんとふと思った、が答えは出さなかった。しかし今目の前の少女はばっちりと右手に装飾過剰な、デコラティブという言葉が此処まで似合う物体はないのではないかというくらいの携帯電話を手にして、「あ、草ちゃん」と云った。
人の云うとおり今時分の12さいはこどもじゃないな。つるりとした肩を出して笑顔を振りまいているが話し方が女子高生のようだった。
お前本当に動物園なんか興味あるのかという言葉はさすがに飲み込む。僕はそこを信じたいと思う。
それは、自分のために。
「パンダってさ、見た気になってるけど意外と見たことないのよね」
それはその通りだった。世の中にはパンダをモチーフにしたキャラクターグッズやパンダそのものの画像が溢れているので、生で見たことがある気になっているが、実際己が目で確かめたことのあるひとなぞほんの一握りだろう。
「あたしね、パンダ好きなんだー」
あんなの隈取りされてるだけで実際のところなかなか眼光の鋭い笹猫だぞと思ったが黙っておいた。
作品名:おむかえにあがりました 作家名:おねずみ