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パラケルススのみにくいこども

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 傲慢で、自意識過剰。あのこどもをあらわす言葉はたくさんある。したたかで、強欲。一人の愛を独り占めじゃなくて、みんなの愛を独り占めしたがる。とんでもない奴だ。みんなかわいいから何も云わない。こどもだから何も云わない。
ところがある日、夜に傅くあの人が来た。あの人はいつも玉座に凭れていた。気だるそうに髪の隙間からこちらをちらりと見て、薄い唇を弓形にさせるのだ。僕らはびっくりした。あの人は美しかった。夜の王はあの人を愛した。傅く彼は僕というより愛玩動物だった――たとえば猫のような。そう、きっとあの人は黒猫なんだ。
こどもは初めて自分を可愛がらない人間を見た。そうだ、だってあの人は愛玩動物だから、愛されることは知っていても愛することは知らないのだ。
今思えば、あの人もあのこどもも愛でられるための美しい花のようだった。それ以外なかった。誰かに愛でられることで生きていた。

なんてかわいそうな人たちだろう。僕は思った。

こどもは僕に云った。
「夜の王に傅くあの人は、なぜ可愛がってくれないの?」
僕は答えた。
「それは君とあの人が同じ種類の生き物だからだよ。世の中には二種類の人間がいる。愛でられる人と、愛でる人。僕や、夜の王は愛でる側なんだ。君があの人に愛でられたいのなら君があの人を愛でる側の人間にしなくちゃあいけない。それか、」
「それか?」
「君が愛でる側に回る手もある」

こどもは思案顔で僕を見た。そんなことは無理だろうと思って僕は提案したのだ。こどもは散漫で、自意識過剰。自己愛の塊だったから。

こどもはついと何処かに行ってしまった。

夜の王は月の神殿に棲んでいた。ひんやりとした大理石の神殿は、寂しい場所だった。こどもは夜の王にまで愛でられる存在だった。

玉座の左に、あの人。右にこどもがいた。
二匹の黒猫が、にゃあと鳴くように不遜に笑う二人。

こどもは少し成長していた。夜の王は、時々何にも興味がないような顔をした。こどもは、相変わらずぎらぎらした抜け目ない目をしていた。

「そのこどもは?」
僕はなんでもないように王に聞いた。王は云った。
「私のこどもだ」
こどもはあの人そっくりに、しかしあの人より少し集めの唇を弓形にした。
こどもが玉座にそっと手を掛けて口だけで云った。

「め・で・る・が・わ・だ・よ」

僕は怖くなって、直ぐに宮殿を後にした。それからまもなく、町を後にした。



季節が幾度も巡り、僕は可愛いお嫁さんをもらって、小さな花屋を始めた。あまり儲けはなかったけれど、幸せな日々だった。
ある日、故郷のあの町に花を売りに行くことになった。僕は、期待と不安がないまぜになったような、不思議な気持ちで町に向かった。
町はそんなに変わっていなくて、ところどころなつかしいお店が残っていた。僕はお客さんの一人に聞いた。
「月の神殿と、夜の王はどうなっていますか?」
お客さんは答えた。
「神殿は相変わらず美しいですよ。前の王様は死にました。新しい王様は、あのこどもです」

僕は驚いて、月の神殿に向かった。玉座にはあのこどもがいた。もうとっくに、大人になっていたけれど。僕はこどもの名前を知らない。
「ああ、懐かしい人」
こどもは笑った。
「あなたのおかげで、私は王になりました。私は、愛でる側に回りました」
相変わらずあの人は玉座に凭れていた。美しい額も、黒髪もそのままだ。昔のように、髪の隙間から僕を見る。今にもにゃあと鳴きだしそうだ。
「xxx」
あの人が声を発した。しんとした神殿に響く、硬質の声。
どうやらそれはこどもの名前らしかった。
「わかりました。すみません、今日はこれで」
こどもは奥に引っ込んだ。
僕とあの人だけになった。あの人は再び口を開いた。

「あれは美しいこどもだよ」
笑った。うっすらと目を細めて。その顔をむかし見たことがある。あのこどもをかわいがる大人たちの目だ。

僕は宮殿を後にした。


世の中には二種類の人間がいる。じゃあ逆に、二種類しかいないのだろうか?


どうも違うようだ。