不幸博物館
ざわつく外とは裏腹に館内はびっくりするほど静かで、リノリウムの床と靴のすれあう音がむやみやたらに響く。そっと息を吐いてあたりを見回す。
古いベンチに春仁くんは腰かけていた。手にはいつもの烏龍茶。ぼおっとしている彼の背骨は緩い曲線を描いていて、内側に縮こまるようにはいった両肩は猫背のお手本のようだ。
世間的には自信をもっていいような、たくさんの要素を持っているはずの彼はいつだって少し不安そうに瞳を揺らしている。
そっと近付いてチケットを差し出すと、顔を上げて口元だけで笑った。
「ありがとう」
云って空き缶を傍らのゴミ箱に放り込む。白いペンキで塗られた木製のゴミ箱はこの博物館に相応しかった。
春仁くんに相応しくないのは彼の瞳だろうか―――もしかしたら彼に似合わないのは彼がもつ社会的要素なのかもしれない。
もぎりのおじいさんは乱暴に俺たちの手からチケットを取り上げて、しかしながら驚くべき早さで、美しさで半券をちぎった。
中にはいると、まず常設の絵画や彫刻があった。俺には絵の具をちらしただけにしか見えない絵も、きっとすごい値がついているのだろう。自分の価値観ではよく理解できないものの価値は、人を不安にすると思う。
春仁くんはある画家の自画像の前で、難しそうな顔をしていた。全体的にくらい色彩の、小さな自画像。
春仁くんはその絵を離れるまえに、不細工やんな、と云った。確かに不細工だった。俺なら絶対3割増くらいで自分を格好良く書いてしまうだろうなとおもい、その画家を尊敬した。