水族館 ワンダーボーイ
「長瀬くーん、晴れたよ」
けたたましい着メロの音が部屋の中に響いて、あわててとるとコレだ。よっぽど寝惚けた振りして切ろうかと思ったけど、あとがこわいからやめた。しかもいつのまにか名瀬の着メロだけキューティーハニーになっている。ちょっとこわくなった。
「あー今起きた」
寝起きでぼさぼさの髪を少し撫で付けて、カーテンの隙間から外を覗くと赤毛が見えて自然溜息がでた。
「もしかしてウチの前おる?」
「もち」
「上がってきぃ」
「ラジャ」
プッと切れる音がして、スリッパを突っかけて階段を下りていく。玄関をあけてやるとニコニコはちきれんばかりの笑顔をした名瀬の姿があった。
「早起きやね」
「そうでもないぞ」
おじゃましまーすと暢気な声を上げて名瀬は俺のあとをついてきた。俺は昨日の自分を呪いそうになる。
『明日晴れたら水族館行こう』
名瀬がそんな乙女な提案をしてきたのは昨日のことだった。梅雨に入って連日の雨。まさか日曜日にタイミングよく晴れることはないだろうと思って諒承したのが運の尽き。まさかのまさか。月に二回あるかないかの休みに丁度晴れてくれた。もう何を呪っていいのかわからない。
名瀬は俺の部屋に入るとベッドの隅っこに腰掛けた。俺はそれを視界の端で見遣って、もう一度溜息をつく。
「長瀬くんあのジーパン穿いてってよ」
あのジーパン、とはこないだ名瀬と買い物に行った際買ったものだ。あれ以来私服で外出していないので、多分袋に入ったままのはず。思って部屋の隅のほうをがさがさしていると後ろから非難の声を浴びせられた。
「ありえない!」
一応尋ねる。
「何が?」
「買ったあとそのまんま放置?」
「そやけど」
「これだから金持ちは」
もう何がなにやら意味が分からなかったけれど、とりあえず名瀬の中では買った服をそのまま放置していると金持ちになるらしい。本当に意味不明やし。理不尽な非難の声を浴びせられつつジーパンを取り出してはさみでタグを切る。クローゼットから適当にティーシャツを選んで着た。パジャマにしている下ジャーを脱ぐとき、妙に視線を感じたから見ると穴があくくらいこっちを見ている。ホント、やめて欲しい。
「何見よるん?」
「あ、いや、足なげーと思って」
「あっそ」
面と向かってそういう事を云われるとどう返していいかわからなくなるのでやめて欲しい。てか、やめて欲しい事だらけ。なんでこんな奴と休日まで一緒にいるんだろう、考えると頭がぐらぐらしてきたからもう何も考えないようにしてジーパンに足を通した。
「髪やらしてくるから、ここおって」
「りょーかい!」
ご機嫌な名瀬くんは返答にウィンクまでおまけしてくれた。グリコのおまけより、いらん。
顔洗って歯磨いて髪整えたらちょっとテンションあがってきた。けどやっぱりヤロー二人で水族館は厭だ。かなり寒い。
「なあ、名瀬くん」
部屋のドアを開けて、言葉を選んで慎重に云う。
「水族館今度にせん?今ちょうど見たい映画があるんよ。やけん、俺映画に行きたい」
名瀬はえーと声を上げたけどあっさり諒承した。多分コイツ出かけられるんならどこでも良かったんじゃろな、思いながら俺は階段を下りた。
作品名:水族館 ワンダーボーイ 作家名:おねずみ